シブ5時に藤井アナ
- 2020/05/29 22:12
- カテゴリー:興行・放送
夕方ちらっと見たテレビの番組に藤井彩子アナウンサーが出ていた。ニュース シブ5時の相撲部番外編「夏場所選りすぐり名勝負」というコーナー(NHK総合、5/29 5時半頃)だったことを、さっきNHK+の見逃しで確認した。藤井アナはその進行役。すっぴん!は3月で終わってしまった。今年度はどんな番組を担当するのだろうか。
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2020年05月29日の記事は以下のとおりです。
夕方ちらっと見たテレビの番組に藤井彩子アナウンサーが出ていた。ニュース シブ5時の相撲部番外編「夏場所選りすぐり名勝負」というコーナー(NHK総合、5/29 5時半頃)だったことを、さっきNHK+の見逃しで確認した。藤井アナはその進行役。すっぴん!は3月で終わってしまった。今年度はどんな番組を担当するのだろうか。
日露戦争で、日本軍よりもずっと優勢な大軍を擁しながらも敗北した経験が、ロシアの軍人たちに深刻な思索をうながしたのだ。
その思索は、1930年代に「作戦術」として結実する。戦略と戦術の間に「作戦」という次元があり、戦争遂行に重要な意味を持つ。当時のその新しい軍事理論を、ロシアは20世紀初頭から鋭意検討した。独ソ戦での勝因は、圧倒的な人的・物的資源と、この「作戦術」の優位によるものだった。引用は、大木毅著「独ソ戦-絶滅戦争の惨禍」(岩波新書、19年)から(p150)。
日露戦争を戦った一方の日本はどうだったか。「寡をもって衆をやぶる」桶狭間式奇襲で日露戦争に勝った。陸軍の首脳は、その固定観念から抜け出せず、第二次大戦で陸軍が崩壊するまでそのスタイルに終始した。司馬遼太郎著「坂の上の雲 (4)」(文春文庫、99年、新装版)から(p256)。
# 桶狭間の戦い(1560年)、日露戦争(1904-05年)、ロシア革命(1917年)、ノモンハン事件(1939年)、独ソ戦(東部戦線、1941-45年)、クレフェルト「補給戦」、敵の重心(Schwerpunkt)を叩く、通常戦争・収奪戦争・世界観戦争(絶滅戦争)、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」