非常に特徴的な言葉を挙げると,例えば,外務省でよく使う言葉で「前広に……をする」とか,あるいは相手方と交渉をしたときに,「……と言いおいた」というように使う。これは,調べてみると,明治以来使っている言葉だということである。
「前広に」は、やはり、古くからのお役所言葉なんだな。引用は、30年ほど前の国語審議会でのやり取りから。国語に関する情報交換の中で、官庁用語が話題になった。引用部分を述べたのは、川村恒明文化庁長官。中西進委員の質問に答えている。
先月、首相が答弁(衆院予算委、4/29)の中で、「前広に」という表現を使ったと報道されていたので、web検索してみたのだった。これは馴染みのある表現だ。転職先の企業でよく聞いた。いわゆる社内用語なんだろう。「小職」や「執り進める」「企察」など、他ではあまり聞かない、その企業に特有の用語にはお役所の臭いがした。「前広に」もお役所用語だろうと睨んでいた。今回、国語審議会での応答を見付けてそれを確認することができた。
その企業での「前広に」は、前もって、の意味で使われていた(る)。繰り上げて、の場合もあった。手元の辞書では、唯一「大辞林」(三省堂、95年、第2版)がその項目を立てている。まえびろに【前広に】(副)前もって。あらかじめ。そこに付されている用例は江戸期のもの、「前広に手形しやう為に呼びに遣つた/浄瑠璃・長町女腹切(中)」。
一方、今回の首相の方はどうか。前もって、の意味ではなさそうだ。文意からすると、広く、あまねく、と言いたかったのではないだろうか。おそらく誤用だ。已ませんを、いませんと読んだり、云々がでんでんだったり、答弁で文語の目途(もくと)を使ったり、募るけれど募集しなかったり、この方の表現はずれていることがあるので要注意。ずれているのは言動だけじゃない、その認識は、最近の支持率低下を見るにつけ、あまねく行き渡りつつあるようだ。
ところで、その首相の答弁にあった「9月入学」、自民党の作業チームは見送る提言の骨子案をまとめたと今朝の報道にある。
# 第19期国語審議会第3回総会(1991年12月)議事要録「現代の国語をめぐる諸問題について(意見交換)」、首相、9月入学制「前広に検討」(4/29)、内閣支持率27%に急落 黒川氏「懲戒免職にすべきだ」52%(5/25)、9月入学 自民作業チーム 見送り提言骨子案まとめる(5/27)、「已む」読めなかった? 安倍首相が歴史的儀式で驚きの大失言