草のつるぎ
- 2022/01/19 06:27
- カテゴリー:読み物
ぼくはかつて他人になりたいと思った。ぼく自身であることをやめ、無色透明の他人になることが望みだった。なんという錯覚だろう、ぼくは初めから何者でもなかったのだ。それが今わかった。何者でもなかった。
自分が同僚らを憎むように彼らも自分を嫌っていると思っていた。とんだ思い違い。みんな無邪気な仲間だった。引用は、「野呂邦暢小説集成3」(文遊社、2014年)に収録の「草のつるぎ」から(p98)。初出1973年。
並行して読んでいたシーラッハの短篇に「透明人間になれると信じていた」犯罪者のケースが紹介されていた。透明になりたがる人はどこにでもいるものだ。その作品は、シーラッハ著「犯罪」(創元推理文庫、2015年)に収載されている「愛情」(p237)。