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キーワード「死去」の検索結果は以下のとおりです。

U・ボート

Na Männer, Alles klar?

先日(8/20)、Alles klar?とだけ書いたけれど、引用した繋がりでセットになっているようだ。これに対して乗組員は、口を揃えて、Jawohl, Herr Kaleun.と答える。ドイツ海軍お決まりのやり取りなのかもしれない。「皆の者、準備はいいか」「はい艦長殿」の意味だけれど、えいえい、おー、と鬨の声をあげているようにも聞こえる。

このやり取りがもう一度出て来る。この度全編を観て気付いた。最初は出航の時。皆元気が良い。二度目は、ジブラルタルの海底に沈められてしまった艦を浮上させる前のミーティングで。酸素は薄く乗組員は疲れ果てている。返答の声は、弱々しく揃わない。何とか気合を入れて母港を目指す。

土日のどちらかにテレビ番組を何か一つ二つ観るようにしている。リアルタイムではなくビデオに録った番組から選ぶ。NHKスペシャルや、ブラタモリ、紀行番組、朝ドラの週間ダイジェストなど。きのう書いた「古畑任三郎」もそうやって観た(8/13)。先週末は一人だったこともあって、テレビ番組ではなく映画「U・ボート」にした。エンドロールの(c)表示には、1981と1996、二つの年号があった。

サブのLinux機で観た。今、ディストリビューション(LinuxOS)には、antiX 21を使っている。メニューにmpvというメディアプレイヤがある。これを立ち上げる。ビデオ・ディスクをトレイに入れる。フォルダ /media/sr0 をmpvのWindowへDropする。映画は即座に始まる。まったくストレスはない。素晴らしい。

ペーターゼン氏死去ラスト・ダンス(いずれもサイト内)。Reference Manual - mpv

ラスト・ダンス

私が言いたかったのは、人は生まれ変われるっていうことです。

犯罪者も人生をやり直せる、と古畑さんは言ったわけだけれど、追悼番組なので少し違った意味にも聞こえた。「古畑任三郎ファイナル~ラスト・ダンス」から。

2006年の作品だ。主演女優(松嶋菜々子)がタバコを吹かす場面がある。最近のドラマではちょっと見かけないのではないだろうか。そういえば、タバコを題材にしたコメディ映画があった。喫煙のポスターやタバコのパッケージは何度も映るのに、登場人物がタバコを吸うシーンがまったくない。タイトルは何だったかなぁ。

# 田村正和さん追悼特別番組『古畑任三郎ファイナル~ラスト・ダンス~』(フジテレビ系、5/21 20時)、村正和さんが死去 77歳、俳優「古畑任三郎」(5/18)、映画「サンキュー・スモーキング」(米、2005年)

ペーターゼン氏死去

Alles klar?

万事抜かりないか。出航の準備を終え整列する乗組員に艦長が問い掛ける。ペーターゼン監督の訃報に触れ映画「U・ボート」のディスクを探し出した。だいぶ古いけれど、まだ大丈夫、再生できる。冒頭の10分程を観た。このディレクターズカット版は3時間を超える。時間がある時にまた全編観ることにしよう。LinuxでDVDディスクを扱えるかどうか試そうと思っていたのでそれにちょうど良い。

W・ペーターゼン氏死去 81歳、「U・ボート」監督

中身のない常套句

新聞や政治家が示し合わせたように『民主主義への挑戦』と表明したことに違和感がある、というのは自然な感覚だと思います。誰が何に対して挑戦したのか、はっきりさせないで使う民主主義という言葉は、中身のないクリシェ(常套句)になっている

宇野重規氏がインタビューでそう述べている。

一方で、民主主義の問題ではない、という意見にも違和感があるのだとか。1) 選挙や言論や訴訟で自身の境遇を変えられる「そうした認識がなかったとしたら、これは民主主義の敗北だ」、2) 「自分の意見を言っても大丈夫だ、危害を加えられることはないんだという、民主主義の基盤が揺るがされ」ることになった、3) 政治家の「体現する政治的な価値に対する挑戦であり、そういった価値をもった政治家同士が競い合う民主主義の否定」と言える。

なるほど。言い換えると、1) 諍いを私闘で決着する、2) 異論を述べる者の口を封じる、これらは民主主義に反するというわけだ。その通りだと思う。しかし、被害者が政治家の場合に限らない。他殺は年に3百を超える。その犠牲者の多くは、私闘に斃れるか、不都合な存在として消される。だからと言って、メディアが、都度、民主主義の問題だと騒ぎ立てるわけじゃない。今回の場合は、被害者が政治家それも元首相なので、3) の点が重く見られ、殊更に、民主主義、民主主義と叫ばれている。現行犯逮捕された男が、政治信条への異議ではないと述べていても、おかまいなしだ。

政治家への襲撃は民主主義とどう関係するのか、もう少し納得できそうな説明はないものだろうか。あらためて見直してみた。事件翌日の社説(東京新聞、7/9)にこうある。今回の凶行は「政治家を選んだ主権者たる国民に対する暴力にほかならない」と。これはだいぶ判りやすい。

安倍元首相が死去(サイト内)。元首相銃撃は「民主主義への挑戦」か 宇野重規さんが考える「敗北」(7/18)

ア・ピース・オブ・警句

  • 2022/07/18 06:23
  • カテゴリー:読み物

七重八重 花は咲けども 山口のヒモつきの客のみぞ悲しき

言うまでもなくパロディだ。元は、太田道灌の故事で有名なあのヤマブキの古歌。小田嶋隆著コラム集「ア・ピース・オブ・警句」(日経BP、2020年)から(p349)。本書の副題は、5年間の「空気の研究」2015-2019。nikkei.comにコラム連載時は、世間に転がる意味不明、という副題が付いていた。

引用した歌は、コラム「今年の桜はどんな気持ちで見るだろう」の中のイラストに添えられている(イラストも著者によるものなのだろうか)。コラムは、2019年11月15日に掲載され、その年に表面化した「桜を見る会」の醜聞を採り上げている。

あの会が、仕事の中に紛れ込んで来たことがあった。もう5年も前のことになる。

プロジェクトのあるメンバーが、次のミーティングに出席できないと言って来た。またしても我が儘か。ほとほと閉口した。数日前に日程調整して、皆が都合つく日を選んだばかりじゃないか、いったい何があるのだ、と問うと、総理大臣が主催する花見に招待されたと言う。何となく聞いたことがあった「桜を見る会」を、この時、はっきり認識した。安倍さんやその事務所によるスキャンダルが暴かれる以前の2017年春のことだった。

そういえば、その3年前、プロジェクトに着手する頃にも安倍さんを少し意識するような場面があった。そのテーマは、政府のあるお役人との雑談にヒントを得てスタートした。背景などを調べていて一枚の写真が目に留まった。そのお役人が長になった組織の、いわゆる看板掛けのセレモニーをとらえていた。彼や当時の担当大臣ら何人かが写っていたけれど、写真の主人公は、看板に手を掛けた安倍さんだったのだ。

その後のことを書いておこう。プロジェクトは成功し発展的に解消した。私はその成果を見るよりもだいぶ前に、そうそう、あのメンバーの我が儘な発言がきっかけとなってプロジェクトを抜けた。「桜を見る会」の問題はモリカケ等とともに忘れ去られてはいない。安倍さんの死がそれらにどう影響するだろうか。あのお役人は、桜とは別の不祥事が露見して役所を去った。それと、2017年春の招待には応じたのだったかなぁ、記憶にない。彼女はあの宴に参加したのだろうか。

# 七重八重花は咲けども山吹の実の一つだになきぞ悲しき(後拾遺和歌集19巻1154)。桜を見る会問題|Wikipedia、小田嶋隆さん死去 コラムニスト(6/24)、安倍元首相が死去、67歳 最長政権樹立、非業の死 アベノミクス、安保法制を推進(7/8)

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