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キーワード「養殖」の検索結果は以下のとおりです。

服部良一「蘇州夜曲」

  • 2025/07/18 06:02
  • カテゴリー:音楽

蘇州夜曲で思い出しました。蘇州に一度行ったことがあります。その折、取引先との会食でその唄が話題になったのです。先方はその曲(中国語版)を知っていて、良い唄だ、蘇州のことを上手く描いている、と言っていました。日本人が書いたとは思えない、と付け加えてましたが。(「蘇州夜曲」服部良一作曲、西條八十作詞)

蘇州(現場は無錫)には、魚の養殖の件でした。太湖という、でっかい湖があって、仕事の合間に見物に行ったのですが、水がアオコまみれで、ちょっと閉口しました。添付はその時の写真。2014年のことでした。もっと昔のことかと思ってましたが。

友人へそんなことを書き送った。

あの出張では中国の街をいくつか訪ねた。首都の北京から入って、南へ北へ、また南へ北へとW字を描くルートだった。上海(虹橋)からの便で帰国。

2014/11/05 13:55 SHA-HND NH1260 B777-200 JA709A
2014/11/03 17:35 CAN-WUX MU2928 A320-200 B-6893
2014/11/01 12:35 DLC-CAN CZ6289 A320-200 B-6829
2014/10/30 13:35 CSX-DLC CZ6350 A320-200 B-9551
2014/10/28 17:40 PEK-CSX CA1363 A321-200 B-6555
2014/10/28 09:25 HND-PEK NH1255 B787-8 JA815A

いずれのフライトも距離1千キロを超える。大連DLC-広州CAN(2860km)これが一番の長距離だった。羽田HND-北京PEK(2091km)よりもさらに遠い。中国は大きな国だ。

武満徹「めぐり逢い」養殖(いずれもサイト内)

今年は巳年

謹賀新年。

ウサギが、自身の身丈ほどありそうな大きな魚を抱えている、そんな置物が土産物屋に並んでいるのを見た。2011年、中国四川省は成都の武侯祠でのこと。

同行した取引先のL嬢が教えてくれた。これは縁起の良い置物。ウサギは当年の干支。それが魚を抱えている。魚は、余と音(Yú)が同じ。お金が余る、財が貯まる意味、と。

ほかにも、同じ音の文字に関する話を折々に聞いた。

中国では、淡水魚が大量に養殖されている。例えば、ソウギョ、アオウオ、コクレン、ハクレン、フナ、そしてコイ。この内、コイは生産量が他に比べて極端に少ない。鯉は、その読みが帝の姓である李と同じ音(Li)なので食べるのが憚られた時代があった。それが現代にも影響しているということだった。

福の文字を大書している飾り物をレストランなどでよく見かけた。時々その文字がひっくり返って上下逆さまになっていた。ひっくり返ることを意味する倒が、到と同じ音(Dào)なので、福に到る(幸運を得る)と読ませるのだとか。

覚えているのはそれくらい、まだほかにもあったように思うけれど。

さて、今年は巳年。かの国では、果たして、ヘビと魚が絡み合ったような置物が並んでいるのだろうか。当家でも干支の飾り物を取り換えた。一年の役目を終えた張り子の辰から3センチほどの小さな巳へ交代。

2011/03/06 13:55 SHA-HND NH1260 B777-200 JA715A
2011/03/05 16:00 CTU-PVG MU5408 B737-800 B-5517
2011/03/03 09:00 PVG-CKG MU5419 A320-200 B-6601
2011/03/02 10:20 HND-SHA NH1259 B777-200 JA715A

養殖魚サバヒー(サイト内)。「豪勝」作

終日13度台、真冬並み

きのうの日曜日(12/18)、那覇の気温は、終日13度台。いわゆる真冬並みの寒さだった。暖房器具がないので、ここまで下がるとちょっとこたえる。

土曜の朝10時には21度あった。そこから下降線をたどり、日付が変わる頃に16度、日曜の朝6時には13度ほどになった。そのまま日中もあまり変わらず、夜になってやや上昇。明けて月曜、今朝6時の気温は14.6度。

当面の底だったようで、予報では、ここから先、気温は高めに推移。年末年始は、20度くらいの数字が出ている。寒い思いをしなくて済みそうだ。

夏日から真冬並みへ養殖魚サバヒーこの冬一番の寒さか真冬の寒さ、13.3度(いずれもサイト内)。ぶるっ!震える島 国頭・奥で9.6度(12/19)

養殖魚サバヒー

台湾でポピュラーな魚、サバヒー。沿岸で捕獲された稚魚が池に放り込まれ大量に養殖される。庶民は、毎日のように主に朝飯で、スープや雑炊にして食べるという。中文では、虱目魚と書く。

この魚は低温にたいへん弱い。養殖池の「水温が10℃以下になると被害が出はじめ、8℃以下となるとほとんどが死んでしまう。このため、年によっては寒波の影響で養殖魚が大量に死ぬ」とWikipediaにある。かつて台湾へ頻繁に行っていた頃、現地の専門家からこんなことを聞いた、「寒波が予想されて気温が12度を下回るとなると、多くの業者は早めの出荷を検討し始める」と。小ぶりでも売れる内に売ろうというのだ。

ところで、サバヒーと言っても、台湾では通じなかった。いつの出張の時だったか、これを食べてみることにした。中国浙江省出身の同僚が一緒だった。北部の港町、基隆、その街道沿いのレストランで、メニューにはなかったけれど、サバヒーで何かつくってくれないかと店の主人に頼んだ。もちろん同僚が中国語で。ところがサバヒーが通じない。文字なら伝わるだろうかと、虱目魚と書くと、「なんだ、サムイーのことか」と主人は笑った。それは家庭料理用、店では仕入れしない、近所の魚屋までちょっと買いに行って来る、スープでいいかな、と美味しいスープをつくってくれた。

主人が言った「サムイー」、それは日本で言う「寒いー」そっくりだった。後で聞いてみると、虱目魚をシムイーもしくは塞目魚と書いてサィムイー、そんな風にも発音するようだ。今朝(1/8)の那覇はだいぶ冷え込んだ。寒波がやって来て、「寒いー」と漏らす時、あの魚のことを思い出す。

桜の便り、21年(サイト内)。サバヒー|Wikipedia

戦死ヤアワレ

  • 2020/11/24 06:43
  • カテゴリー:読み物

ところが、そのときわたしたちは澱粉を糖分にかえることに熱中していたのだ。

著者が二度目の応召で給養係にいたことは知らなかった。部隊は、鹿児島にあって、米軍との本土決戦に備え、演習を行い陣地を掘っていた。引用にある「そのとき」とは昭和20年4月のこと。大戦は大詰め。欧州ではムッソリーニが銃殺され、ヒトラーが地下壕で自殺した。太平洋の米軍は、沖縄へ上陸し、九州への侵攻は時間の問題だった。足立巻一著「戦死ヤアワレ-無名兵士の記録」(新潮社、82年)から(p123)。

著者の評伝三部作以外も読んでみようと、まずこの一冊を借りて来た。著者が二度応召した際の従軍記。戦後長らく経ってから、かつて部隊が駐屯した鹿児島の地を再訪する話もある(第8、9章)。さらに、最終章は、「骨のうたう」という詩を残した一兵士の挿話。その詩の一節が本書のタイトルになっている。

演習中の事故で負傷した著者が、鉄道で湯治に通う。その際に使う宮ケ浜駅(p87)、それは聞き覚えのある駅名だ。一度、出張で出かけて行った養殖場の最寄りが、確かその駅だった。地図で確かめた、やはりそうだ。JR指宿枕崎線の宮ケ浜駅。当時こんなことを書いている、鹿児島の「空港から指宿方面行きのバスに乗った。客はおれ一人。貸し切り状態、90分、2350円。途中、豪雨。現地に到着すると、雨は上がったが、猛暑」。バスの終着、指宿駅前で先方と落ち合い、養殖場へは車で移動した。宮ケ浜駅には立ち寄っていない。東シナ海を北上していった台風の影響がまだ少し残る、2015年7月のことだった。

# 対戦車肉迫攻撃(p12)、「忍耐は苦い、しかしその実は甘い」ルソー(p182)。宮ケ浜駅平成27年台風第9号|Wikipedia

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