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キーワード「ETV特集」の検索結果は以下のとおりです。

手塚治虫日記を読む

ずっと続けている脊髄前角注射は、結局、モルヒネであった。柔らかく包み込むように痛みが消えて、体内が暖かくなっていく時の快感は、母に抱かれているような素晴らしさだ

ETV特集「手塚治虫の遺産 父の背中~手塚治虫日記を読む」(1995年)から。

1988年、手塚さんは、胃ガンで病床にあった、その頃も日記を書いていた。

その前年、私は、似たような経験をしていた。就職したその年、腰部に激しい痛みがあり病院へ担ぎ込まれた。原因は、尿管結石。即入院となり、鎮痛のために神経ブロックの残置針を付けてもらった。針は脊髄のどこかに刺さっている。チューブは、背中に這わせ、その出口(注入口)は首のあたりにあった。

激痛が走った時に枕元の呼び出しボタンを押す。担当の方がやって来て、薬剤を注入してくれる。冷たい液が背中のチューブを流れて行くのが判る。それが患部付近に届くや否や、痛みは嘘のように、すぅー、と消えていく。何という心地良さだろう。

何回打ってもらっただろうか、その回数は覚えていない。が、あの時の「快感」は忘れられない。それは「暖かく」ではなく、薬液の冷たさを伴っていた。

手塚治虫定期通院(いずれもサイト内)。おとなのEテレタイムマシン▽ETV特集「手塚治虫の遺産 父の背中~手塚治虫日記を読む」(NHK-Eテレ、11/1 22時、1995/7/10 初回放送)

大瀧詠一、矢沢永吉

  • 2025/09/20 06:31
  • カテゴリー:音楽

次のアルバムはいつ出るんですか、と皆に言われていた。が、そんなことしてる暇はない。野球を観るのも忙しいし、相撲を観るのも忙しい。映画を観るのも忙しい。音楽なんてやってる暇はないんだ。ってよくおっしゃっていた。

大瀧詠一は、"A LONG VACATION"(1981年)や、"EACH TIME"(1984年)、大ヒットを連発したあと、音楽制作活動を休止。その頃のことを、萩原健太氏が語っていた。ETV特集「POP 大滝詠一 幸せな結末」(NHK-Eテレ、9/13 23時-)から。

人はそんな器用じゃない。僕なんか考えてみたら音楽ばっかり。気付いたら、街から街へライブやって、レコードつくって、プロモーションして。同じことの繰り返し。

一方の矢沢永吉さんはインタビューでそんな応答をしていた。引用は、「ドキュメント矢沢永吉」(NHK総合、9/14 13:50-)から。初回放送は2019年8月。

大瀧は1948年生まれ、矢沢は1949年。団塊の世代ミュージシャンの二人。一人は、やり尽くし、もう一人の方は、まだまだやれると気を吐く。そんな対比があるようで、ドキュメンタリー2本、たいへん興味深く観た。

# 大瀧詠一キャロル文楽(いずれもサイト内)。「時間よ止まれ」(1978)、矢沢永吉(1949-)、大瀧詠一(1948-2013)、松本隆(1949-)、萩原健太(1956-)、上原ユカリ裕(1953-)、湯浅学(1957-)、坂本龍一(1952-2023)、鈴木茂(1951-)、井上鑑(1953-)

俳人・永田耕衣の世界

書や謡曲を愛し、大好物はうどんとあんぱん。好きな生き物は鯰だった。

ETV特集「命熱し 老いおもしろし 俳人・永田耕衣の世界」から。語りは北村和夫。

永田耕衣、俳人そして諸芸に通じる芸術家。彼と二十数年交遊関係があった詩人・高橋睦郎氏は、俳人の原風景を訪ねる旅に出る。

詩人が乗っている車両は山陽電車だとすぐに判った。ということは、私の故郷に近い辺りを旅している。降りたのは神戸市の須磨寺駅だった。実家から20キロ程だ。

永田耕衣(1900-1997)。兵庫県加古川市尾上町生まれ。工業高校卒業後、隣市の製紙工場に勤めた。定年退職後、神戸市へ転居。1995年の大震災の頃までそこに住んだ。

私にとって縁(ゆかり)のある地名が並んでいる。私の母は尾上町で生まれた。私が育った街も山陽電車の沿線だ。化学メーカーに就職して最初の配属先は、永田耕衣が勤めた製紙工場から歩いて10分くらい。神戸市にある研究所へ異動となり、大震災前の数年間は、同市内に住んだ。毎日の通勤は、須磨寺駅を通る電車に乗った。

どこかですれ違っていたかもしれない。ただ、当時、この俳人のことはまったく存じ上げなかった。今回このドキュメンタリー番組で初めて知った次第。近くにこんなユニークな芸術家がいたなんて。おのれの無知、不明を恥じなければならない。

彼にまつわるものを何か読んでみようと思う。

永田耕衣|Wikipedia、ETV特集「命熱し 老いおもしろし 俳人・永田耕衣の世界」▽おとなのEテレタイムマシン(NHK-Eテレ、7/12 22時、元は1998年2月放送)、城山三郎「部長の大晩年」

地殻変動の深層

MAGAって言葉は何のことなのか知らなかった。息子が言った、「バカか、MAKE AMERICA GREAT AGAINだよ」ってさ。

道端で星条旗を売っているおっさんが言う。トランプ支持者なのだろう。6月14日、ワシントンD.C.。この日はトランプさんの誕生日、かつ、陸軍創設250年軍事パレードの日。

ETV特集「アメリカ 地殻変動の深層」(7/19)から。力のこもった良い番組だった。

欧米で鳴動する「地殻変動」、その波が、極東の日本にも届いたようだ。日本人ファーストを掲げた極右政党が参議院で合計14議席を獲得した。

その比較的新しい党は、比例代表で「約740万票を得た」。内3百万票は、「これまでの人生で一度も選挙に行かず、与野党の対立構造もあやふやな有権者」が投じた、と推定している記事があった。「まっとうな政治的価値観を期待することができない。そのような層は、政治信条の核がないので新規出店した政党に向かう」。

MAGAも知らずに星条旗を売るおっさん。政治信条もなく極右政党を支持する層。そういうわけもわからない人たちが「地殻変動」の一翼を担っている。

「石破やめるな」(サイト内)。ETV特集 アメリカ 地殻変動の深層|NHK、参政党「参院選14議席」の衝撃…無関心、自民、れいわから流れた“740万票”のカラクリ|日刊ゲンダイ

1000番地

別れたら次の人でしょ。郷愁はあるけれど未練はない。初恋の人をたまに懐かしく思い出すかもしれないけど、やっぱり今の人を大事にしないと。

居酒屋の女将さんが言う。再開発で追いやられ別の場所に店を構える。その心情を恋ごころに喩える。引用は、ETV特集「1000番地」(11/2)から。

札幌の中心部、だだっ広い駐車場の真ん中あたりに居酒屋はあった。中央区南三条西十丁目1000番地。真四角の810坪。不動産屋やデベロッパーなどそっち方面の人たちにとってたいへん有名な候補地。ここがいよいよ再開発されてデカいビルが建つことになった。

「マンション出来るって言いますけど、色気のない再開発なのかなって思いますよね」と居酒屋の常連客が言う。それに対して、「なぜ、街づくりしてる方が悪者なんだ」「未来を創るんだから」と、開発する側の不動産屋二代目社長の声を紹介する。

「死んだら人間は土地を去るだけ。建物を持って行くことなどできません」と零細クリーニング店のオヤジが言う。それに対して、「不動産は、無限の価値なもの」と、不動産屋初代社長の声も紹介する。

一方からの視線だけで番組は進行しない。NHKは、両側の声を丁寧に拾う。何か判断することがあるのならば、それは視聴者に任せますと。

ETV特集(サイト内)。「1000番地-土地と人間に関するリポート」▽ETV特集(NHK-Eテレ、11/2 23時)

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