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2026年02月09日の記事は以下のとおりです。

「公共放送を考える」

新しいブログを別のサイトに立ち上げた。そのタイトルは「公共放送を考える」。場所は手軽に発信できるnoteを選んだ。既に記事を一つ二つ書き始めている。
 
公共放送NHKへ何通か投書して、こうすれば、ああすれば、と提案を行って来た。その作業を進める中で、公共放送は、もっとこうあるべきだ、を深く静かに考えてみようと思ったのがきっかけだった。場所はここでも良いのだけれど、その話題だけに一点集中するブログにしてみようと。
 
中部電力、浜岡原発のデータ捏造のことを最初に書いた。浜岡原発の問題は単なる企業不祥事と捉えて良いのか、我々の社会の中に共犯構造があるのではないか、その検証については公共放送が役割を果たすべきではないのか、と。以前ここで少し書いたことを、さらに考察してまとめた。
 
できるだけ、NHKへの投書もセットにしようと思う。浜岡原発の件は、メールフォームの文字数制限(400字)に入るよう、ブログ記事をぎゅっと圧縮して投書文とした。「
 
件名:「NHKジャーナル」など。浜岡原発報道における公共放送の検証範囲について
 
浜岡原発を巡る報道と解説を拝聴しました。不正疑惑を伝える姿勢は公共放送として重要だと感じています。一方で、今回の問題は企業や業界の安全文化にとどまらず、再稼働政策、規制制度、社会の安全観、さらには報道の枠組み自体が、組織の判断環境をどう形成してきたのかという構造的側面も含むのではないでしょうか。公共放送は個別主体の責任検証に加え、社会がどのようにリスクを理解し意思決定を行うのかという過程そのものを検証対象に含める役割を担うのでしょうか。公共放送は、市民が複雑な現実を熟議するための知的基盤を形成する存在であるはずです。リスクを巡る社会的合意形成において、報道が担う射程をどのように位置付けていくのか、今後の姿勢を注視しています。」
 

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