聖の青春
- 2021/08/23 06:32
- カテゴリー:読み物
大阪の奨励会員は、またあいつ、師匠の背広を着ていると噂した。だぶだぶやなあ、と皆笑ったが、しかしどこかにうらやましいような気持ちもあった。
森、村山の師弟がどんな関係だったか、それを周りがどう見ていた、この文章でそれを感じとることができる。大崎善生著「聖の青春」(講談社文庫、2002年)から(p160)。まさに「心を打つ名作」。
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大阪の奨励会員は、またあいつ、師匠の背広を着ていると噂した。だぶだぶやなあ、と皆笑ったが、しかしどこかにうらやましいような気持ちもあった。
森、村山の師弟がどんな関係だったか、それを周りがどう見ていた、この文章でそれを感じとることができる。大崎善生著「聖の青春」(講談社文庫、2002年)から(p160)。まさに「心を打つ名作」。
ほかの誰でもない、真の敵は自分自身の心臓だった。それはボブにもコントロールできず(誰にもコントロールできはしない)、身体の各部分に気ままに裏切りのメッセージを送りだす。まさに肝心かなめの瞬間に、心臓はその持ち主を裏切り、様々な形態の悲劇を引き起こす恐怖の稲妻を放つことがある。
脈動する物理的な存在のことだけを言っているのだろうか。スティーヴン・ハンター著「極大射程」佐藤和彦訳(新潮文庫、1999年)から(上巻、p76)。
溶接(上211)、良いアイデアは単純(上292)、ヘンリー・ソロー(上338)、わずかを求めるもの(下93)、才能の怖さ(下206)。
# 文庫100冊、ボブ・リー・スワガー三部作(いずれもサイト内)
[ 朝刊休刊日 ]
塩沼亮潤の出家の動機を知って、あっけにとられた。「小学校五年生のころ、NHKのテレビ番組で比叡山の酒井雄哉大阿闍梨様の回峰行を拝見しまして、何かそれに吸い込まれるような気がして、自分の人生はこれだ、と思った」というのだ。
勢古浩爾著「定年後に読みたい文庫100冊」(草思社文庫、2015年)から(p520)。塩沼亮潤、板橋興宗「大峯千日回峰行-修験道の荒行」(春秋社、2007年)が、千日回峰行に関する本の一冊として紹介されている。
引用にある「テレビ番組」は、1979年のNHK特集のことだろう。調べてみると塩沼亮潤大阿闍梨は1968年の生まれなので年次は符合する。あれを観て、千日回峰行を目指した人がいたんだな。私もその番組を観た。高校一年の冬休みだった。激しく心を動かされ、出家する決心をした。家族と進路について話し合った折に、それを果敢に伝えたのだけれど、母に泣かれ、父や兄に強硬に反対された。18歳のあの時、意志を貫ぬいていたら、果たして、どんな僧になっていたろうか。回峰行を実践することになっただろうか。
# 文庫100冊(サイト内)。NHK特集「行-比叡山千日回峰」(NHK総合、1979/1/5)。酒井雄哉|Wikipedia
どんなに理不尽でも、ひとたび死地に入ったかれらはどう戦い、どう死に、どう生きたのか。わたしはかれらに敬意を払う。戦記物を読むのは、「死」ということが、年老いたわたしの人生の先行きにぼんやりと見えてきたことと無関係ではないような気もする。やがて来るわたし自身の死を、かれらの死によって相対化したがっているような気がする。
勢古浩爾著「定年後に読みたい文庫100冊」(草思社文庫、2015年)から(p185)。著者の本を読むのは初めての事。KechiKechi Classicsで著者の名を知り読んでみる気になった。
文庫本百冊、作家百人が紹介されている。馴染みのある作家を数えてみると、31人にも上った。この手のガイドと自分の好みが3割もの高率で重なることは珍しい。ここまで一致すると、他の知らない7割も期待が持てる。もしかすると鉱脈を掘り当てたかもしれない。
# 銀バエ(p56)、俺は俺は(p100)、必読書などない(p413)、村上春樹というブランド名(p430)、千日回峰行(p518)。音楽日誌|KechiKechi Classics