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「夢十夜」第六夜

  • 2020/06/02 07:12
  • カテゴリー:読み物

自分は積んである薪を片っ端から彫って見たが、どれもこれも仁王を蔵しているのはなかった。ついに明治の木にはとうてい仁王は埋っていないものだと悟った。それで運慶が今日まで生きている理由もほぼ解った。

この第六夜の最後が何を意味するか、あらためて、考えてみた。ここまでの話はこうだ。主人公(自分)は、仁王像を刻んでいる運慶を見物に行く。見事な出来栄えに、よく思うように眉や鼻が刻めるもんだと呟くと、作るんじゃなくて木の中に埋まっているのを掘り出しているだけだ、と近くにいた若い男に言われる。それなら誰にでも出来るとばかり、実際に自分でもやってみる。

若い男が言うことをその言葉通りに受け取ったことが間違いだった。本当は木の中に仏像が埋まっているわけではなく、あたかも土の中の石を掘り出すかのように、それ程までに運慶の腕前が達している、と彼は言ったまでのことだったのだ。仁王像は、芸術性や真理を象徴する物だろう。誰でも掘れば見付けられる安易なものではなく、才能がある者のみが見出すことができる。運慶の昔から「今日まで生きている」不変の道理だ。主人公はそのことに気付いた。

「ほぼ解った」と終わる。なぜ、ほぼ、なのか。漱石は自身が芸術家や科学者ではないので彼らに対する気遣いがあったろう。その遠慮が、作者漱石の投影である主人公にほぼと言わせたのかもしれない。弟子の一人、物理学者の寺田寅彦に、君はどう思うかねと訊ねる姿が目に浮かぶようだ。

蜜蜂と遠雷(サイト内)、夏目漱石「夢十夜」|青空文庫

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