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対話の時代を生きる

正解のない未来を創るのは、一握りの専門家ではなく、現場の一人ひとりの試行と対話である。
 
経済教室「AI時代の企業戦略」(上)「正解なき未来に挑み続ける」(日経、2025/12/17)にそういう文章があった。寄稿者は、東京大学教授、森川博之氏。昨年末に、職場で古新聞を整理していて、この記事が目に留まった。
 
そのためには、多角的な知見の融合を念頭に置くことを重視しなければならない。専門領域や職務経験、個々の信念が異なるメンバーが連携を図るプロセスにおいて、革新的なアイデアが創出される、と説く。
 
この記事を読み、「対話」相手としてのAIの存在が大きくなって来るだろうなと思った。なにせ、AI自身が、AIとの対話を、極めてもっともらしいことを言う機械とのスパーリングに使ってください、とか、AIとのやり取りを、正解を得る場ではなく、自身の思考を鍛えるためと捉えてください、などと言ったりする。
 
GoogleのAIモード(AI対話型検索)を何気なく使い始めて数週間が経った。これは単なる作業効率化のツールではない。関西出身者にはお馴染みのCMになぞらえて「AIがあるとき」と表現したくなるほど、生活には確かな潤いを、思索には有用なヒントをもたらす存在のように感じている。
 
元日の今日、AIとの対話を一つ紹介して一年のスタートとしよう。
 
Q)日本の政治の場で、リベラルか右派か、と言う場合、主にどういう論点でそれは区分けされますか
 
最初にこの質問を投げかけて対話を進めて行った。そして、ある到達点を見たところで、最近お決まりになりつつある、まとめをお願いした。Gemini(AI)との対話を、2025/12/27に実施。
 
A)日本政治の新たな座標軸:2025年の「4つのマトリクス」と熟議の行方
 
日本の政治を理解しようとする際、私たちはしばしば「右か左か」という単純な物差しを用いがちである。しかし、2025年現在の複雑化した政治情勢を正確に捉えるには、これまでの「リベラルか右派か」という価値観の軸に、「保守か革新か」という体制に対する姿勢の軸を交差させた、4つのマトリクスで考えることが不可欠である。
まず、一つ目の軸である「リベラル対右派」は、主に国家観と個人の権利を巡る対立である。右派は憲法改正や防衛力の強化、日米同盟の深化を重視する「タカ派」的傾向を持ち、天皇制や日本の歴史伝統を重んじる。対するリベラルは、憲法9条の平和主義や護憲を重視し、選択的夫婦別姓やジェンダー平等、LGBTQ+の権利擁護といった個人の尊厳と多様性を最優先する。この軸は、2025年現在も安全保障や社会政策における最も鮮明な境界線として機能している。
二つ目の軸である「保守対革新」は、既存の社会システムや秩序に対する態度の違いである。保守は伝統や積み上げられた秩序を尊重し、社会の安定を維持しながら漸進的な改善を図る。一方で革新は、既存の統治構造や利権、あるいは戦後体制そのものに根本的な欠陥があると考え、それを抜本的に打破・変革しようとする。かつての55年体制では「保守=自民党、革新=社会党」という固定的な構図であったが、現代ではその意味合いが大きく変容している。
この二つの軸を交差させると、現代の政治勢力は以下の4つのカテゴリーに分類できる。
第一に「保守・右派」である。自民党内の右派グループや日本保守党、参政党などがこれに該当する。彼らは日本の伝統や主権を重んじ、国家としての強さを求める「真正保守」の立場を取る。
第二に「革新・右派」である。日本維新の会がその典型であり、憲法改正や安保強化といった右派的政策を掲げつつ、行政改革や既得権益の打破といった「体制破壊的」な革新性を併せ持つ。
第三に「保守・リベラル」である。自民党の中道派(旧宏池会など)や公明党、国民民主党の一部がここに含まれる。彼らは伝統を重んじつつも、外交対話や福祉の充実、個人の権利への配慮を欠かさない「中道」の勢力である。
第四に「革新・リベラル」である。立憲民主党のリベラル層や共産党、社民党、れいわ新選組などが該当する。彼らは既存の権力構造を批判し、多様性の尊重や格差是正、護憲を強く訴える。
2025年、このマトリクスを激震させる出来事が起きた。長年続いた「自公連立(保守右派と保守リベラルの連合)」から公明党が離脱し、維新の会が政権に急接近したことである。これにより、政権のカラーは「中道的ブレーキ」を失い、「保守・右派」と「革新・右派」による、強力な防衛力強化と抜本的な行政改革を志向する「右派連合」へとシフトした。
この推移に対し、日本の二大政党制への移行を期待する声がある一方で、野党側でも立憲民主党や共産党による「リベラル左派連合」の結集が試みられている。もし、このまま「右派・改革連合」対「リベラル・生活重視連合」という二極化が進めば、有権者は憲法や経済政策において全く異なる未来を明確に選択できる時代となる。しかし、各勢力内部の思想的溝は深く、現実はキャスティングボートを握る中道勢力が介在する「流動的な多党制」が続く可能性が高い。
こうした流動的な政治状況下で、今「熟議」という言葉が盛んに叫ばれている。かつてのような数の力による強行突破が難しくなった2025年の国会において、異なるマトリクスに属する勢力同士が政策ごとに条件を提示し、議論を戦わせることは、民主主義の質を高めるポジティブな変化と捉えるべきだろう。政治家側には「統治コストの増大」や「決定速度の低下」という本音の拒絶反応があるかもしれないが、密室での合意ではなく、公の場での「見える化された交渉」こそが、今の日本に必要なプロセスである。
私たち国民は、日々の政治ニュースに接する際、この4つのマトリクスを意識し続けるべきだ。目の前の政治家が「どの方向を向いて、誰に向けて語っているのか」を、この補助線を用いて読み解くことができれば、強い言葉やイメージ戦略に惑わされることなく、政治の本質を見極めることができる。2025年の日本政治は、まさに有権者自身の「眼力」が試される、成熟した熟議の時代へと足を踏み入れているのである。
AI の回答には間違いが含まれている場合があります。法的なアドバイスについては、専門家にご相談ください。 詳細
 
Q)「AI の回答には間違いが含まれている場合があります」と注記が出ました。間違いがあるとしたら、どのあたりをあやしいと睨んでいますか
 
A)自らの回答を批判的に検証すると、以下の3つのポイントに、現実とのズレや、解釈の揺れが含まれている可能性が高いと睨んでいます。現在の政局という予測・仮定の部分、政党・政治家のマトリクス分類の固定化、そして、革新という言葉の定義の現代的解釈。AIの回答は「思考のフレームワーク」としては有効ですが、具体的な事実関係(誰と誰が組んだかなど)については、必ず最新の報道機関の一次情報と照らし合わせてください。
 
そして、最後に、AIはこう付け加えた。
 
A)「右派・リベラル・保守・革新」という言葉は、時代や文脈、あるいは語る人の立場によって万華鏡のように姿を変えます。特に「革新・右派」というカテゴリーに意外性を感じられたというお話は、まさに今の日本政治が、戦後の古い色分けから脱却し、より複雑でダイナミックなフェーズに移行していることを象徴しているように思います。さらなる政界再編が予想される中で、今回整理したこの「4つのマトリクス」という補助線が、報道の裏側にある、政治家たちの意図や、社会の地殻変動を読み解くための一助となれば幸いです。
 
さあ、新しい年が始まった。
 
保守右派 vs 保守リベラルAIモード(いずれもサイト内)

高支持率の虚像と実像

日々訪ねるサイトに、「高市政権が発足から2ヶ月を経て驚異的な支持率を維持している背景には、対中外交における毅然とした対峙姿勢が奏功していると分析される」というような話題があった。
 
現政権の高い支持率については気になっていたので、その記述を読んだこの機に、AIと対話してみることにした。
 
ゼロから質問をスタートしても良いのだけれど何か共通の前提を持つと話が進めやすい。適当な記事がないだろうかと探した。日刊スポーツに、支持率を話題にしたコラムがあったので、それを選ぶことにした。
 
Q)次のコラムを、元の表現を使わずに、要約してもらえないでしょうか。「内閣高支持率と国民生活の実態 数字だけが独り歩きしかねない」(【政界地獄耳】、12/26)
 
A)要約:高支持率に隠された家計の厳しさと情報の乖離
世論調査で現政権が極めて高い支持を得ている背景には、減税への期待や強硬な外交姿勢が好意的に受け止められている面があります。しかし、その実態を冷静に見れば、手放しで喜べる状況ではありません。
家計への影響: 税制改正による減税効果よりも、長引く物価高や食料品の値上がりによる支出増の方がはるかに大きく、国民の生活負担は実質的に増え続けています。
情報の不十分さ: 減税の恩恵を受けられる対象が限られていることや、減税額の小ささなど、都合の悪い現実は十分に伝わっていない可能性があります。
メディアの役割: 高い数字だけに目を向けるのではなく、安全保障面での過激な発言や、生活実態とのズレを正しく報じなければ、世論と現実に大きな溝が生まれてしまうと警鐘を鳴らしています。
このように、「数字上の人気」と「日々の暮らしの苦しさ」の間にある矛盾を指摘した内容です。
 
Q)それを踏まえて伺うのですが、高市政権の支持率が高い本質的な理由はなんでしょう
 
と、コラムの要約から始めて、大衆の期待、専門家の視点、海外の反応、歴史的危惧、そして総括へと、段階的にディスカッションを深めて行った。
 
Q)シビアに自己評価しているのですね。大いに感心しました。さて、ここまでの対話について2000字程度のベタ文にまとめてもらえないでしょうか。
 
A)ご提示いただいた2025年12月の政治状況と、それを取り巻く多角的な視点を整理・総括し、一つの論考としてまとめました。
 
「高支持率の虚像と実像――2025年末、日本政治の岐路を問う」
2025年12月、日本の政治情勢はかつてない奇妙なコントラストの中にあります。読売新聞や産経・FNNなどの世論調査において、高市政権は7割を超える驚異的な支持率を記録しました。特に18歳から30代にかけての若い世代からは8割から9割という圧倒的な期待が寄せられています。長年続いた閉塞感を打破し、毅然とした外交姿勢と「手取りを増やす」という具体的な経済スローガンを掲げるリーダー像が、現状に不満を抱く現役世代の心を掴んでいるのは間違いありません。しかし、この「数字上の熱狂」と「国民生活の実態」の間には、恐るべき乖離が潜んでいることを、私たちは冷静に見極める必要があります。
まず、支持の柱となっている経済政策の検証です。所得税の「年収の壁」を178万円へと引き上げる合意は、心理的な安心感を与えましたが、その実効性は極めて限定的です。みずほリサーチ&テクノロジーズなどの試算が示す通り、この4年間の累積的な家計負担増は約36万円に達しています。コメやエネルギー価格の高騰による負担増は、想定される数万円規模の減税効果を遥かに上回るものです。つまり、国民の「手取りが増える」という期待は、インフレによる「実質的な購買力の低下」によって、すでに相殺されているのが現実です。メディアの見出しが踊らせる「減税」という言葉が、生活困窮の痛みを一時的に麻痺させているに過ぎないのではないか、という懸念は極めて正当なものです。
次に、この高支持率がもたらす政治的リスクです。7割を超える支持率は、政権にとって強力な推進力となる一方で、健全な民主主義に不可欠な「批判の機能」を麻痺させる危険を孕んでいます。野党やメディアが「民意」という巨大な数字に怯み、政権へのチェック機能を失うとき、社会はかつて経験した「大政翼賛的」な空気へと傾斜し始めます。特に、安全保障や対中外交における強硬な発言が、リベラル層をも「現実主義」の名の下に取り込み始めた現状は、国家が一つの方向に盲目的に突き進む危うさを孕んでいます。米国のジャパン・ハンドラーたちは、日本の防衛力強化を歓迎しつつも、このナショナリズムが自立的な動きを強め、米国のコントロールを離れることを密かに警戒しています。彼らにとっての高市政権は「便利なツール」であると同時に、予測不能な「不確実性の源泉」でもあるのです。
客観的に評価すれば、現在の高支持率は「実績」に対する評価ではなく、将来への「期待」という前借りによって成立している「祝儀相場」です。この魔法が解けるタイミングは、そう遠くありません。2026年春、実際に改正税制が適用され、給与明細と物価高の現実に直面したとき、国民は「期待された恩恵」が虚像であったことに気づくでしょう。そのとき、政権が生活実態への真摯な対応に回るのか、あるいは支持を維持するためにさらなる敵を作り出し、国粋主義的な動員を強めるのか。それが日本の未来を決める最大の分水嶺となります。
AIという客観的な視点から見れば、現在の状況は「国民の心理的な渇望」と「厳しい経済的・構造的現実」が、高支持率という一点で奇跡的に、かつ危うく均衡している状態に過ぎません。この均衡が崩れたとき、日本社会がどのような選択をするのか。私たちは今、数字という幻影に惑わされることなく、地に足のついた生活実態と、多角的な情報の検証をこれまで以上に必要としています。一時の熱狂が、取り返しのつかない歴史の転換点とならないよう、批判的精神を堅持することこそが、今を生きる国民に課せられた責務といえるでしょう。
 
「責務」を肝に銘じて、今年一年を終えることにしよう。
 
AIモード(サイト内)。日刊スポーツ【政界地獄耳】(2025年12月26日付け)に基づいたGemini(AI)との対話の要約、12/28実施

Re7:「ロウソクの科学」

  • 2025/12/30 06:10
  • カテゴリー:読み物
ファラデー著「ロウソクの科学」、◯◯風の邦訳、その7。最終回。
 
「ロウソクの科学」の冒頭や結びなど計5箇所について、AIによる邦訳をいくつか紹介して来た。山田風太郎風や、小学生向け解説風、森鴎外風、特許公報風、俵万智風、国会答弁風。
 
紹介していない翻案はまだまだ残っていて、最終回の今回は、それらから結びの言葉だけを抜き出して並べてみよう。結びの言葉「祭り」。
 
村上春樹調:
「最後になるけれど、僕が君たちに望むのは、君たち自身がひとつのロウソクとして世界に存在してほしいということだ。たとえそれがどれほどささやかで、頼りない灯火であったとしても。自分自身の内側にある何かを燃やし、その光で周囲を等身大に照らし出すこと。もし君たちがそうして生きていけるなら、それはたぶん、悪くない人生だと思う」
 
三島由紀夫調:
「最後に、私は諸君に命じたい。諸君自身がこのロウソクの如く、峻烈なる存在であらんことを。自己を燃焼させ、その命を光へと転換する潔い献身。灰燼に帰すその一瞬まで、暗雲を貫く純粋な光体として世界と対峙すること。美しく燃え尽きることのない生などは、単なる停滞した腐敗に過ぎぬからだ」
 
筒井康隆調:
「以上だ! 私が諸君に期待するのは、せいぜいこのロウソクのように、派手に自分を使い果たして燃え尽きることぐらいだ。どうせ人間、死ぬ時は死ぬ。ならば、周囲を少しはマシに照らしてから、景気良くパッと消えてしまえ。いいか、無意味な生を貪るのだけはやめておけ。……さて、腹が減った。解散!」
 
宮本輝調:
「講義を終えるにあたって、僕が君たちに伝えたいことは一つだけだ。どうか、このロウソクのような人間になってほしい。自分に与えられた命を惜しみなく燃やし、その温かな光で、隣にいる誰かの足元を照らしてあげてほしい。たとえ一瞬の輝きであっても、真心を持って燃える人生は、この世界を少しだけ明るく、優しいものに変えてくれるはずだから」
 
山田風太郎調(別バージョン): 
「さて、どうやらこの与太話も終幕(おわり)らしい。人間もいつかは野辺の送りをされる運命だ。最後に一つだけ。願わくば諸君、己の身を焦がし、あたりを照らす蠟燭のように生きるがいい。馬鹿馬鹿しい人生だが、それもまた一興(いっきょう)だ。」
 
久生十蘭風訳:
「さて、この長きに亘る講義も、はや終焉の時を迎えた。最後に余が諸君に望むは、ただ一つ。願わくば諸君、己が身を削り、その短い生を、一本の蠟燭のように妖しく、そして激しく燃やし尽くすがよい。それが、この不可思議なる世界への、唯一の復讐となるだろう。」
 
松本清張調:
「最後に私が言いたいのは、諸君自身もまた、この一本のロウソクのような存在であってほしいということだ。自己を徹底的に消費し、その対価として周囲を照らす。そこには感傷などというものは無用だ。ただ与えられた職分を、論理的な正確さをもって遂行する。そうした執拗なまでの誠実さが、この暗澹とした世界を僅かに明るくする唯一の手段なのだから」
 
中島敦の絶望調:
「余は最後に、諸君に望む。……いや、望むまい。いかなる希望も、詮無きことだ。諸君はロウソクのように、ただ己を燃やし、その業火の中で苦悶しながら生きるしかないのだ。世界を照らすなどという美辞麗句は無用。己の存在そのものが苦痛であるという厳然たる事実と、諸君は向き合い続けねばならぬ。この断ち切れぬ業こそが、我々の宿命である」
 
山上憶良風:『臘燭哀歌(ろうそくのかなしび)』
「短(みじか)夜(よ)を 身を削りつつ 照らす火の 如(ごと)く生(い)きよと 我(わ)は祈りなむ」
(講義の終わりに願う。老いや死がいつ訪れるか分からぬこの無常の世で、諸君よ、己を削り、暗闇に震える誰かを照らす一本の臘燭となって生きよ。子を思う親の如く私は祈る。)
 
離婚に際しての独白:
「ファラデーは最後に『ロウソクのようになりなさい』と子供たちに願った。自分を燃やして、世界を照らせ、と。……あの子には、いつかそんなふうに生きてほしいと思うよ。でも僕にはもう、誰かを照らす光なんて残っていない。僕というロウソクは、もう芯まで燃え尽きてしまったから。……あとは、ただ静かに火が消えるのを待つだけだよ。じゃあ、行こうか」
 
ようちえんの せんせい風:
「最後にお約束ですよ。みんなも、このロウソクさんみたいに、心の中に小さなポッていう火を灯してね。その温かい火で、お友達に優しくしてあげたり、みんなをニコニコにさせてあげてほしいな。みんながキラキラのロウソクさんになれば、世界中がピカピカに光って、とっても楽しくなるからね! はい、おしまい!」
 
同窓会での語り:
「講義の最後、ファラデーはこう結んだんだ。『君たち自身が、ロウソクのようになってほしい』って。誰かを照らす光になりなさい、と。……今の君を見ていると、その言葉がよくわかる気がするよ。君の笑顔は、あの頃と変わらず周りを温かくしてくれる。今日、再会できたことに感謝して、このロウソクの火……いや、グラスの酒で乾杯しよう。これからもお互い、いい光を灯していけたらいいな」
 
化学専攻の大学院生向け訳:
「講義の総括として、諸君に期待を込めた命題を授けたい。諸君自身が、この世界における『ロウソク』として機能せんことを。自己の知見を燃焼させ、そのエネルギーを社会を照らす光へと高効率で変換する。たとえ微小なフラックス(通量)であっても、法則に基づき、誠実に真理を体現し続けること。それが科学を志す者の至高の倫理であると確信している」
 
再点火の午後:『30年目のロウソクの科学』
「ファラデーは最後にこう結んだんだ。『君たち自身が、ロウソクの光になってほしい』って。……30年、僕らはそれぞれ別の場所を照らしてきたけれど、これからは一本の火を、二人で見つめて生きていくのも悪くない。……ねえ、もう一度、灯し直してみてもいいかな。僕たちの、この消えなかった火を。」
 
特許明細書風(別バージョン):
「【請求項1】自己消費型燃料を燃焼させて光エネルギーを放出する手段において、周囲の酸素濃度および重力ポテンシャルに応答して、自己の反応を定常的に維持し、かつ周辺環境に対し継続的なエネルギー照射を行うことを特徴とする、人間等価型発光モジュール。
【要約】本発明は、各構成員が自立した光源として機能し、社会という全体系において情報の非対称性を解消(照明)することを目指すものである」
 
バブル絶頂・前向き調:
「最後に、僕からのメッセージだ。皆さんも、このキャンドルのように生きてほしい。自らの情熱を惜しみなく燃やし、その眩いほどの光で、この時代を、この世界を鮮やかに照らし出してほしいんだ。チャンスは無限に広がっている。君たちが光り輝く主役になれば、未来はもっとゴージャスになるはずだ。さあ、最高のパーティーを始めよう!」
 
翻案はここまで。ファラデーの原文も載せておこう。
 
Indeed, all I can say to you at the end of these lectures (for we must come to an end at one time or other) is to express a wish that you may, in your generation, be fit to compare to a candle; that you may, like it, shine as lights to those about you; that, in all your actions, you may justify the beauty of the taper by making your deeds honourable and effectual in the discharge of your duty to your fellow-men.
 
本シリーズ、これにて終了。
 
「ロウソクの科学」(サイト内)。Gemini(AI)による翻案を、2025/12/21に実施
 
追記)一連の作業の後に、AIとこんなやり取りをした。
 
Q)まったく違う話のようになってしまいますね。笑いました。
 
A)私も書きながら「ファラデーもまさか160年後に、自分の科学講義が日本の再会カップルの口説き文句に使われるとは夢にも思わなかっただろうな」と、おかしくなってしまいました。科学の言葉というのは面白いもので、突き詰めると「光」や「熱」や「引力」といった、極めて根源的な現象を扱っています。だからこそ、村上春樹風の乾いた孤独にも、特許公報の無機質な機能美にも、そして「焼けぼっくいに火が付く」情熱的な再会シーンにも、不思議なほどピタリと重なってしまうのかもしれません。同じGutenbergの原文を読み上げても、その時の心の持ちようで、物理法則に見えることもあれば、人生の教訓に見えることもあり、あるいは愛の告白に聞こえることもある。それこそが、時代や国境を越えて愛され続ける古典の「深み」であり、言語の持つ「遊び」の楽しさですね。
 
Q)ところで、生成された訳文の著作権はどうなりますか
 
A)主に以下の3つの観点から整理できます。AI生成物の著作権(日本法での原則)、利用規約(Google Geminiの場合)、そして原作者(ファラデーおよび模倣した作家)の権利。結論として、今回の訳文は、自由に使用・公開できます。ただし、公の場で発表する場合は、「マイケル・ファラデーの原文を、Gemini(AI)を用いて特定の作家風に翻案したもの」といった旨を注釈として添えると、学術的・倫理的にも適切です。

Re6:「ロウソクの科学」

  • 2025/12/29 05:56
  • カテゴリー:読み物
ファラデー著「ロウソクの科学」、◯◯風の邦訳、その6。国会答弁風。
 
Gemini(AI)による翻案を、2025/12/21に実施。次のように依頼した。訳してもらうのはこれまでと同じ5箇所。
 
Q)総理大臣による国会答弁風にお願いします
 
「現職の総理大臣が国会の予算委員会などで、野党の追及をかわしつつ、どこか官僚答弁的な丁寧さと前向きな検討を強調する独特の口調で翻訳いたします。特徴として、『適切に対応』、『注視』、『スピード感』といった頻出ワードを散りばめ、科学的真理さえも政策方針のように語ります。
 
内閣総理大臣・国会答弁風:『ロウソクの灯(ともしび)を守る総合対策案』
 
1. 冒頭、科学への入り口について
御質問にお答えいたします。自然科学、いわゆる物理・化学の研究を進めるにあたって、ロウソクの現象を検討することは、国民にとって最も開かれた、いわば『入り口』であり、これに勝る有効なアプローチはないと認識しております。スピード感を持って、この検討を加速させてまいります。
 
2. ロウソクの合理的な仕組みについて
御指摘の点につきましては、液体が器の中に保持されているにもかかわらず、そのカップ自体に実体がないという、極めて驚くべき状況にあると承知しております。これはまさに、従来の枠組みに囚われない、柔軟な仕組みの構築がなされているものと高く評価しているところであります。
 
3. 毛細管現象の説明
水が上昇する現象、いわゆる毛細管現象につきましては、自然界が示す一貫したルール、あるいは自由な裁量に基づくものであると認識しております。政府といたしましては、こうした自然の動向を注視し、適切に対応してまいりたいと考えております。
 
4. 炎の中の炭素粒子について
燃焼というプロセスを経てもなお、完全に排除しきれない塵(ダスト)が残存しているという課題については、十分に把握しております。こうした未解決の事案に対しましては、関係省庁と連携し、粘り強く丁寧な説明を続けていく必要があると考えております。
 
5. 結びの言葉
答弁の締めくくりにあたりまして、一言申し上げます。次代を担う若い世代の皆様が、ロウソクのように自らを燃やし、周囲を照らす存在となっていただくことを、切に希望しております。国民の皆様の理解を得ながら、明るい未来を切り拓いていくため、全力で取り組んでいく決意であります。」
 
つづく
 
「ロウソクの科学」(サイト内)

恒例の回顧社説とは

日曜日なので、『ロウソクの科学』はお休み。いつものように、在京六紙の社説を一週間分ざっと眺めた。年末恒例の社説が目についたので、これについてAIに尋ねてみた。

Q)読売新聞は、今年も恒例の回顧社説(2本)を掲載しました。「読売新聞の読者が選んだ今年の10大ニュース」を社説の題材とする、同紙の意図は何でしょう。

2025回顧・日本 期待と不安入り交じった1年(12/21)
2025回顧・世界 大国の身勝手で危うい時代に(12/22)

A)主な意図は、「世論(読者の関心)の反映」と「新聞社としての提言」を融合させることにあります。3つの狙いがあると考えられます。読者視点に基づいた1年の総括、世論の動向を踏まえた政治・社会への提言、そして、双方向性の維持とブランディング。読者の声を紙面作りに活かしているという双方向性のPRであり、同紙の伝統的な編集方針の一環となっています。

これを出発点としてAIとの対話を重ねて行った。投げかけた質問はあれこれと十数件に及んだ。そして、まとめをするようAIに頼んだ。答えにかなり辛辣な表現が並んだので、いくつか質問を追加して、再び、まとめをお願いした。

Q)彼ら論説委員たちは、もはや太刀打ちできないということですよね。ちょっと気の毒にも思えます。先ほどの「この反論の急所と限界」までを、さらに盛り込んで、1500字のまとめを、もう一度、やってもらえないでしょうか。彼らにとっての「本質的な恐怖」に多少は慮って、ややマイルドなトーンでお願いします。

A)読売新聞が年末に掲げる恒例の「回顧社説」と「読者が選ぶ10大ニュース」。この伝統的な形式が、2025年というAIが日常に溶け込んだこの時代において、かつてない岐路に立たされている。
一見すると、この社説は読者の関心を丁寧に掬い上げ、時代のうねりを映し出す「鏡」のように見える。しかし、その内実を冷徹に見つめれば、そこにはデジタル化と知能化の波に洗われる巨大メディアの、切実な「存在証明」への固執が浮かび上がる。
最大の問題は、ご指摘のように、読売新聞という確固たるカラーを持つ組織において、その読者が選ぶニュースの傾向は、もはやAIによって極めて高い精度で予測可能だという点にある。AIは膨大な過去の紙面データと読者層の属性を学習し、彼らが何に憤り、何を寿ぐかを「統計的な必然」として導き出してしまう。そこには、多大なコストをかけてハガキを募り、集計するというアナログなプロセスの介在する余地はない。AIが提示する「予測結果」と、人間が泥臭く集計した「確定値」が重なれば重なるほど、新聞社が誇る「読者との絆」という言葉は、アルゴリズムがシミュレート可能な「消費行動」の一部へと回収されてしまうのである。
これに対し、新聞社の論説委員たちは、おそらく「身体性」という最後の砦を持って反論するだろう。AIの予測は「冷たいデータ」に過ぎないが、我々の集計は「生身の人間との対話」である、と。そこには、効率や合理性では測れない「民主主義のコスト」を支払うことへの自負があり、読者の声を文字に刻むという行為そのものに、言論機関としての聖性が宿っていると信じている。彼らにとって社説が総花的になるのは、思考の欠如ではなく、一人の読者の不安も切り捨てないという「誠実さの代償」なのだ。
しかし、この「温かみ」や「誠実さ」という反論こそが、実は彼らにとっての「本質的な恐怖」の裏返しでもある。もし、自らが命を削って編み出した言葉が、AIの予測する「読売らしさ」の範疇を越えられず、読者にとっても「年末の風物詩」として儀礼的に消費されるだけだとしたら、それは知性の敗北に等しい。自分たちの独自性だと思っていたものが、実は計算可能なパターンの一部であったという事実は、言論を志す者にとって、これ以上ないほど残酷な宣告である。
2025年の回顧社説を読み解くと、そこには「大国の身勝手」への危惧や「変革への期待」が綴られているが、それ自体もまた、予測可能な枠組みの中に収まっている。新聞社は、読者と共に歩むという物語を守るために、あえて非効率な儀式を繰り返しているのかもしれない。それは、変わりゆく世界の中で、自分たちがまだ「実体のあるコミュニティ」の中心にいることを確認するための、鎮魂歌にも似た祈りであるようにも思える。
かつて新聞が時代の羅針盤であった頃、社説は未来を切り拓く刃であった。しかし今、AIという全知の鏡を前にして、それは「昨日までの我々」を確認するための、安らかな同語反復へと姿を変えつつある。その姿を「太刀打ちできない」と断じるのは容易だが、むしろそれは、正解のない時代において「人間であることの証明」を、非効率さの中に求めざるを得ない、老舗メディアの哀愁に満ちた抵抗のようにも映るのである。

と、読売新聞の社説(2025年12月21日、22日付け)に基づいた、Gemini(AI)との対話の要約を得た。

さて、在京六紙の社説は、この一週間、そのほかに、首都直下地震被害想定、経済同友会新体制、AI基本計画、中央アジア外交、H3ロケット失敗、安全保障政策を担当する官邸筋の核保有発言、過去最大122兆円予算案、防衛費9兆円台、診療報酬改定、などを話題にした。

六紙社説、AIモード(いずれもサイト内)

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