お知らせ

メール送信フォームを設けました。ブログ記事への問い合わせなどにご利用下さい。

 

エントリー

2025年10月20日の記事は以下のとおりです。

わたしの自叙伝、新藤兼人

その間ずっとね、その、よしんだから、母の写真と仏壇をずっと持ち歩いている。それは家ということなんですよ、姉にとって。

新藤兼人による一人語り。米カリフォルニアに嫁いだ姉を訪ねて行った話を語る。53年ぶりの再会だった。姉は、渡米してからずっと仏壇を手放さずにいた。戦時下に強制収容所へ入れられている間でさえも。再会した家にもそれが鎮座しており、彼は、そのことに、「非常に強烈なショック」を受ける。

わたしの自叙伝「新藤兼人~一家離散の記憶」(NHK教育テレビ、1978年)から。新藤兼人(1912-2012)、66歳の時に収録された。

「よしんだから」。広島のお国言葉なのだろう。この言葉が頻繁に出て来る。それも話に興が乗って来ると連発される。「姉の、よしんだから、気持ちが安定するんですね。それはもう非常に、よしんだから、強烈なですね、強烈な、よしんだから、ショック受けました。その家に仏壇があることに」という具合に。

この連発される「よしんだから」とは、どういう意味だろう、と最初気になった。途中からこれは、どうやら、ええと、とか、あのう、に類する感動詞だ、と気付いた。特に意味なく隙間に入っている言葉。英語で、fillerと言うのかな。それだろう。

帰省、25年9月(サイト内)。わたしの自叙伝「新藤兼人~一家離散の記憶」▽おとなのEテレタイムマシン(NHK-Eテレ、10/14 22:45-23:15、初回放送1978/10/19)

ページ移動

  • 前のページ
  • 次のページ
  • ページ
  • 1

ユーティリティ

« 2025年10月 »

- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

検索

エントリー検索フォーム
キーワード

新着エントリー

過去ログ

Feed