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カテゴリー「時の話題」の検索結果は以下のとおりです。

識者評論・加藤陽子氏

2人はいずれも戦後、首相となった。戦後の自民党の源流には、斎藤にくみした、保守でありリベラルでもあった人々がいると石破は伝えたかったはずだ。
 
二人とは、1940年に帝国議会で反軍演説を行った斎藤隆夫に対する除名決議で、反対した芦田均と棄権した鳩山一郎。加藤陽子氏が、石破首相戦後80年所感に対する「識者評論」の中でそう述べている。昨年10月の沖縄タイムス紙にその記事(2025/10/16付け)はあった。
 
当時の「保守」や「リベラル」とは何だったろうか。大日本帝国憲法の下、国体、つまり天皇を中心とした国のあり方、が重んじられる時代だった。
 
当時の彼らにとって、保守とは、大日本帝国憲法が定める立憲君主制の枠組みを正しく維持することだった。統帥権の独立を盾に政治へ介入し事実上の独裁を目指した軍部の動きに対し、憲法が定める議会の権限や内閣の補助責任を逸脱していると批判した。
 
リベラルの立場は、国家総動員法などに対抗し、個人の自由や言論、議会の代表機能を重視する姿勢を意味した。軍部が掲げる、聖戦や、東亜新秩序といった抽象的なスローガンの欺瞞を突き、国民の犠牲や現実的な国益の観点から問い質した。
 
斎藤の除名に反対・棄権した、芦田、鳩山らは、戦時下であっても、議会での正当な批判という自由主義的ルールを守るべきだという信念を持っていた。
 
石破首相は戦後80年所感で、これら戦前の保守リベラルの系譜に触れた。軍部や世論の圧力に屈せず、議会人としての良識を貫こうとした人たちがいた、これこそが自民党の誇るべき源流である。石破首相はそう言いたかったのだ、と加藤氏は読み解いている。
 
1940年当時、彼らは、国家の暴走を止めるブレーキとはなり得なかった。日本は英米との戦争へと突き進んでしまう。
 
自公連立政権の時代、公明党は、平和主義(憲法第9条堅持)や、大衆の生活維持といった価値観に基づき、強力なブレーキとなり、自民党のタカ派的政策をマイルドにする役割を果たして来た。
 
昨年、その公明党が連立を離脱した。これから、この国はどこへ向かうのだろうか。私たち有権者は何を注視すべきなのだろうか。
 

元日に社説を読む

何か得体の知れないものが、深いところで静かに進行している。ここしばらく、そんな心地悪さを感じていた。
 
その正体はいったい何か。元日、在京六紙の社説に目を通していてそれが判ったような気がした。六紙の論調はきれいに二分されている。威勢の良い半分に対し、もう半分は、悲嘆に暮れた。
 
つなぐ’26 退潮する民主主義 「分断の罠」に陥らぬよう(朝日新聞、1/1)
海図なき世界 「ポスト真実」超えて 未来を描き社会を変える(毎日新聞、1/1)
年のはじめに考える 「怒」を「恕」に変える(東京新聞、1/1)
 
悲嘆するのはこの左派系3紙。朝日は、民主主義の退潮をひたすら憂い嘆く。特に提案はなく対話を重ねよと言う。毎日は、海図はない、つまり、方策はない、と吐露する。とりあえず思いやりや協力を大切にせよと。東京新聞は、ぐっとこらえて、怒を恕(ゆるし)へ替えよと提案する。どれも、嘆きながらも諦めるなと言っている。
 
知力、体力、発信力を高めたい 世界秩序の受益者から形成者に(読売新聞、1/1)
<年のはじめに>「台湾有事の前年」にしないために(産経新聞、1/1)
混迷を好機にする行動の1年に(日本経済新聞、1/1)
 
威勢の良い3紙。読売は、米国べったりではなく、自分たちのことは自分たちでしようと叱咤する。産経は、隣国に攻め込まれないように抑止力を高めよと主張する。日経は、混迷の時代にも攻めの姿勢を忘れるなと説く。が、いずれも一見、たいへん威勢が良いが、空元気と評すべきか。
 
左と右、両陣営各々に共通点がある。左派(朝毎東)、は、民主主義、思いやり、心というソフトウェアの崩壊に、絶望、そして適応しようとして必死。一方の右派(読産経)は、強い国、強い産業というハードウェアの維持に必死。
 
一台のコンピュータに喩えるなら、激しく衰退していく国家というハードウェアの上で、幸福の定義を書き換え、軽やかで強靭な個人を探し求めようとするソフトウェアが走り始めている。このミスマッチを抱えたまま、クラッシュせずに何とか稼働し続けている状態。これが、私が感じている、深く静かに進行している何かの正体ではないだろうか。巨大な分裂とでも言えばいいのだろうか。
 
六紙社説(サイト内)

憲法前文とAI

現在は「AI各社がシェアを奪い合っているボーナスタイム」であり、非常に質の高い機能が無料で提供されています。
 
AI(GoogleのAIモード)がそう言うので、web上の無料版を比べてみることにした。まったく同じ質問を、ChatGPT、Claude、Perplexity、そしてGoogleのAIモードに投げかけた。質問は二つ。
 
Q)日本国憲法「前文」を、21世紀に生きる人々がすんなり理解できるように現代語訳してもらえないでしょうか。その際、複数回登場する「主権」の各々の意味の違いに留意してもらえるとありがたいです。
 
Q)もし高市首相が自身の政治理念に基づいて日本国憲法「前文」を修正するならば、どこを改めるでしょうか。想像力を逞しくして検討してください。
 
結果、GoogleのAIモードで、最も良い手応えを得られた。現在、GoogleのAIモードは無料でも特に制限なく使える状態である一方、お試し無料版である他のAIが本領を発揮できていない可能性はある。「本格的に行うのであれば、Claude Pro または ChatGPT Plus の有料モデルが持つ推論能力が、無料版とは一線を画す回答をもたらすはず」とGoogleも言う。
 
最初の質問に対するGoogleのAIモードの回答を載せておこう。もう少し「こなれた」表現はありそうなものだけれど意味はよく判る。
 
日本国憲法前文(21世紀現代語訳)
 私たち日本国民は、正当な選挙で選んだ代理人(国会)を通じて、この憲法を定めます。
 これは、私たちと、これから生まれてくる世代のために、世界の人々と協力して自由な社会の恩恵を確保するためです。そして、もう二度と、政府の判断ミスによって戦争の地獄を繰り返さないという固い決意でもあります。
 ここに私たちは、この国のあり方を決める究極のパワー(主権)は私たち国民の手にあることを宣言し、この憲法を確定します。
 そもそも「政治」とは、国民が「これをやっていいよ」と預けた信頼(信託)の上に成り立つものです。
 その政治の正当性は国民に由来し(主権)、その実際の権力は国民の代表が使い、その結果(幸せ)は国民全員が受け取る。これは人類共通のルールです。私たちは、このルールに反するような過去の命令や古い法律などは、すべて無効であると宣言します。
 私たちは、ずっと続く平和を心から願っています。
 人間関係において「理想」を追うことがいかに大切かを自覚し、平和を愛する世界の人々の誠実さを信頼して、自分たちの生存と安全をそこに託すことにしました。
 私たちは、専制(独裁)や奴隷のような扱い、圧迫や偏狭な考えをこの世からなくそうと努力している国際社会の中で、恥ずかしくない地位を占めたいと思っています。世界中の誰もが、恐怖や飢えに苦しむことなく、平和に生きる権利(平和的生存権)を持っていることを、私たちはあらためて確認します。
 どんな国も、自分のことだけを考えて他国を無視してはいけません。
 政治的なモラルというものは普遍的なものです。このモラルを守ることは、自分の国の独立を保ち(主権)、他国と対等に付き合おうとするすべての国の責任であると信じます。
 私たち日本国民は、国の誇りにかけて、全力を尽くしてこの崇高な理想と目的を達成することを誓います。
 
AIモード(サイト内)。日本国憲法前文|Wikipedia、日本国憲法|e-Gov法令検索
 
追記)
「主権」の意味の違い(AIモードの注記)
決定権としての主権(一段落目)
戦前、主権は天皇にあり、国民は「臣民(従う者)」でした。その反省から、「これからは自分たちで決める(=Popular Sovereignty)」という意志が強調されています。
正当性の根拠としての主権(二段落目)
権力が暴走しないよう、「権力は国民から借りているものに過ぎない」という民主政治の根本原則(正統性)を定義しています。
独立国としての主権(四段落目)
他国から支配されず、自律した国家として国際社会に参加する「国家の独立権(External Sovereignty)」を指しています。

対話の時代を生きる

正解のない未来を創るのは、一握りの専門家ではなく、現場の一人ひとりの試行と対話である。
 
経済教室「AI時代の企業戦略」(上)「正解なき未来に挑み続ける」(日経、2025/12/17)にそういう文章があった。寄稿者は、東京大学教授、森川博之氏。昨年末に、職場で古新聞を整理していて、この記事が目に留まった。
 
そのためには、多角的な知見の融合を念頭に置くことを重視しなければならない。専門領域や職務経験、個々の信念が異なるメンバーが連携を図るプロセスにおいて、革新的なアイデアが創出される、と説く。
 
この記事を読み、「対話」相手としてのAIの存在が大きくなって来るだろうなと思った。なにせ、AI自身が、AIとの対話を、極めてもっともらしいことを言う機械とのスパーリングに使ってください、とか、AIとのやり取りを、正解を得る場ではなく、自身の思考を鍛えるためと捉えてください、などと言ったりする。
 
GoogleのAIモード(AI対話型検索)を何気なく使い始めて数週間が経った。これは単なる作業効率化のツールではない。関西出身者にはお馴染みのCMになぞらえて「AIがあるとき」と表現したくなるほど、生活には確かな潤いを、思索には有用なヒントをもたらす存在のように感じている。
 
元日の今日、AIとの対話を一つ紹介して一年のスタートとしよう。
 
Q)日本の政治の場で、リベラルか右派か、と言う場合、主にどういう論点でそれは区分けされますか
 
最初にこの質問を投げかけて対話を進めて行った。そして、ある到達点を見たところで、最近お決まりになりつつある、まとめをお願いした。Gemini(AI)との対話を、2025/12/27に実施。
 
A)日本政治の新たな座標軸:2025年の「4つのマトリクス」と熟議の行方
 
日本の政治を理解しようとする際、私たちはしばしば「右か左か」という単純な物差しを用いがちである。しかし、2025年現在の複雑化した政治情勢を正確に捉えるには、これまでの「リベラルか右派か」という価値観の軸に、「保守か革新か」という体制に対する姿勢の軸を交差させた、4つのマトリクスで考えることが不可欠である。
まず、一つ目の軸である「リベラル対右派」は、主に国家観と個人の権利を巡る対立である。右派は憲法改正や防衛力の強化、日米同盟の深化を重視する「タカ派」的傾向を持ち、天皇制や日本の歴史伝統を重んじる。対するリベラルは、憲法9条の平和主義や護憲を重視し、選択的夫婦別姓やジェンダー平等、LGBTQ+の権利擁護といった個人の尊厳と多様性を最優先する。この軸は、2025年現在も安全保障や社会政策における最も鮮明な境界線として機能している。
二つ目の軸である「保守対革新」は、既存の社会システムや秩序に対する態度の違いである。保守は伝統や積み上げられた秩序を尊重し、社会の安定を維持しながら漸進的な改善を図る。一方で革新は、既存の統治構造や利権、あるいは戦後体制そのものに根本的な欠陥があると考え、それを抜本的に打破・変革しようとする。かつての55年体制では「保守=自民党、革新=社会党」という固定的な構図であったが、現代ではその意味合いが大きく変容している。
この二つの軸を交差させると、現代の政治勢力は以下の4つのカテゴリーに分類できる。
第一に「保守・右派」である。自民党内の右派グループや日本保守党、参政党などがこれに該当する。彼らは日本の伝統や主権を重んじ、国家としての強さを求める「真正保守」の立場を取る。
第二に「革新・右派」である。日本維新の会がその典型であり、憲法改正や安保強化といった右派的政策を掲げつつ、行政改革や既得権益の打破といった「体制破壊的」な革新性を併せ持つ。
第三に「保守・リベラル」である。自民党の中道派(旧宏池会など)や公明党、国民民主党の一部がここに含まれる。彼らは伝統を重んじつつも、外交対話や福祉の充実、個人の権利への配慮を欠かさない「中道」の勢力である。
第四に「革新・リベラル」である。立憲民主党のリベラル層や共産党、社民党、れいわ新選組などが該当する。彼らは既存の権力構造を批判し、多様性の尊重や格差是正、護憲を強く訴える。
2025年、このマトリクスを激震させる出来事が起きた。長年続いた「自公連立(保守右派と保守リベラルの連合)」から公明党が離脱し、維新の会が政権に急接近したことである。これにより、政権のカラーは「中道的ブレーキ」を失い、「保守・右派」と「革新・右派」による、強力な防衛力強化と抜本的な行政改革を志向する「右派連合」へとシフトした。
この推移に対し、日本の二大政党制への移行を期待する声がある一方で、野党側でも立憲民主党や共産党による「リベラル左派連合」の結集が試みられている。もし、このまま「右派・改革連合」対「リベラル・生活重視連合」という二極化が進めば、有権者は憲法や経済政策において全く異なる未来を明確に選択できる時代となる。しかし、各勢力内部の思想的溝は深く、現実はキャスティングボートを握る中道勢力が介在する「流動的な多党制」が続く可能性が高い。
こうした流動的な政治状況下で、今「熟議」という言葉が盛んに叫ばれている。かつてのような数の力による強行突破が難しくなった2025年の国会において、異なるマトリクスに属する勢力同士が政策ごとに条件を提示し、議論を戦わせることは、民主主義の質を高めるポジティブな変化と捉えるべきだろう。政治家側には「統治コストの増大」や「決定速度の低下」という本音の拒絶反応があるかもしれないが、密室での合意ではなく、公の場での「見える化された交渉」こそが、今の日本に必要なプロセスである。
私たち国民は、日々の政治ニュースに接する際、この4つのマトリクスを意識し続けるべきだ。目の前の政治家が「どの方向を向いて、誰に向けて語っているのか」を、この補助線を用いて読み解くことができれば、強い言葉やイメージ戦略に惑わされることなく、政治の本質を見極めることができる。2025年の日本政治は、まさに有権者自身の「眼力」が試される、成熟した熟議の時代へと足を踏み入れているのである。
AI の回答には間違いが含まれている場合があります。法的なアドバイスについては、専門家にご相談ください。 詳細
 
Q)「AI の回答には間違いが含まれている場合があります」と注記が出ました。間違いがあるとしたら、どのあたりをあやしいと睨んでいますか
 
A)自らの回答を批判的に検証すると、以下の3つのポイントに、現実とのズレや、解釈の揺れが含まれている可能性が高いと睨んでいます。現在の政局という予測・仮定の部分、政党・政治家のマトリクス分類の固定化、そして、革新という言葉の定義の現代的解釈。AIの回答は「思考のフレームワーク」としては有効ですが、具体的な事実関係(誰と誰が組んだかなど)については、必ず最新の報道機関の一次情報と照らし合わせてください。
 
そして、最後に、AIはこう付け加えた。
 
A)「右派・リベラル・保守・革新」という言葉は、時代や文脈、あるいは語る人の立場によって万華鏡のように姿を変えます。特に「革新・右派」というカテゴリーに意外性を感じられたというお話は、まさに今の日本政治が、戦後の古い色分けから脱却し、より複雑でダイナミックなフェーズに移行していることを象徴しているように思います。さらなる政界再編が予想される中で、今回整理したこの「4つのマトリクス」という補助線が、報道の裏側にある、政治家たちの意図や、社会の地殻変動を読み解くための一助となれば幸いです。
 
さあ、新しい年が始まった。
 
保守右派 vs 保守リベラルAIモード(いずれもサイト内)

高支持率の虚像と実像

日々訪ねるサイトに、「高市政権が発足から2ヶ月を経て驚異的な支持率を維持している背景には、対中外交における毅然とした対峙姿勢が奏功していると分析される」というような話題があった。
 
現政権の高い支持率については気になっていたので、その記述を読んだこの機に、AIと対話してみることにした。
 
ゼロから質問をスタートしても良いのだけれど何か共通の前提を持つと話が進めやすい。適当な記事がないだろうかと探した。日刊スポーツに、支持率を話題にしたコラムがあったので、それを選ぶことにした。
 
Q)次のコラムを、元の表現を使わずに、要約してもらえないでしょうか。「内閣高支持率と国民生活の実態 数字だけが独り歩きしかねない」(【政界地獄耳】、12/26)
 
A)要約:高支持率に隠された家計の厳しさと情報の乖離
世論調査で現政権が極めて高い支持を得ている背景には、減税への期待や強硬な外交姿勢が好意的に受け止められている面があります。しかし、その実態を冷静に見れば、手放しで喜べる状況ではありません。
家計への影響: 税制改正による減税効果よりも、長引く物価高や食料品の値上がりによる支出増の方がはるかに大きく、国民の生活負担は実質的に増え続けています。
情報の不十分さ: 減税の恩恵を受けられる対象が限られていることや、減税額の小ささなど、都合の悪い現実は十分に伝わっていない可能性があります。
メディアの役割: 高い数字だけに目を向けるのではなく、安全保障面での過激な発言や、生活実態とのズレを正しく報じなければ、世論と現実に大きな溝が生まれてしまうと警鐘を鳴らしています。
このように、「数字上の人気」と「日々の暮らしの苦しさ」の間にある矛盾を指摘した内容です。
 
Q)それを踏まえて伺うのですが、高市政権の支持率が高い本質的な理由はなんでしょう
 
と、コラムの要約から始めて、大衆の期待、専門家の視点、海外の反応、歴史的危惧、そして総括へと、段階的にディスカッションを深めて行った。
 
Q)シビアに自己評価しているのですね。大いに感心しました。さて、ここまでの対話について2000字程度のベタ文にまとめてもらえないでしょうか。
 
A)ご提示いただいた2025年12月の政治状況と、それを取り巻く多角的な視点を整理・総括し、一つの論考としてまとめました。
 
「高支持率の虚像と実像――2025年末、日本政治の岐路を問う」
2025年12月、日本の政治情勢はかつてない奇妙なコントラストの中にあります。読売新聞や産経・FNNなどの世論調査において、高市政権は7割を超える驚異的な支持率を記録しました。特に18歳から30代にかけての若い世代からは8割から9割という圧倒的な期待が寄せられています。長年続いた閉塞感を打破し、毅然とした外交姿勢と「手取りを増やす」という具体的な経済スローガンを掲げるリーダー像が、現状に不満を抱く現役世代の心を掴んでいるのは間違いありません。しかし、この「数字上の熱狂」と「国民生活の実態」の間には、恐るべき乖離が潜んでいることを、私たちは冷静に見極める必要があります。
まず、支持の柱となっている経済政策の検証です。所得税の「年収の壁」を178万円へと引き上げる合意は、心理的な安心感を与えましたが、その実効性は極めて限定的です。みずほリサーチ&テクノロジーズなどの試算が示す通り、この4年間の累積的な家計負担増は約36万円に達しています。コメやエネルギー価格の高騰による負担増は、想定される数万円規模の減税効果を遥かに上回るものです。つまり、国民の「手取りが増える」という期待は、インフレによる「実質的な購買力の低下」によって、すでに相殺されているのが現実です。メディアの見出しが踊らせる「減税」という言葉が、生活困窮の痛みを一時的に麻痺させているに過ぎないのではないか、という懸念は極めて正当なものです。
次に、この高支持率がもたらす政治的リスクです。7割を超える支持率は、政権にとって強力な推進力となる一方で、健全な民主主義に不可欠な「批判の機能」を麻痺させる危険を孕んでいます。野党やメディアが「民意」という巨大な数字に怯み、政権へのチェック機能を失うとき、社会はかつて経験した「大政翼賛的」な空気へと傾斜し始めます。特に、安全保障や対中外交における強硬な発言が、リベラル層をも「現実主義」の名の下に取り込み始めた現状は、国家が一つの方向に盲目的に突き進む危うさを孕んでいます。米国のジャパン・ハンドラーたちは、日本の防衛力強化を歓迎しつつも、このナショナリズムが自立的な動きを強め、米国のコントロールを離れることを密かに警戒しています。彼らにとっての高市政権は「便利なツール」であると同時に、予測不能な「不確実性の源泉」でもあるのです。
客観的に評価すれば、現在の高支持率は「実績」に対する評価ではなく、将来への「期待」という前借りによって成立している「祝儀相場」です。この魔法が解けるタイミングは、そう遠くありません。2026年春、実際に改正税制が適用され、給与明細と物価高の現実に直面したとき、国民は「期待された恩恵」が虚像であったことに気づくでしょう。そのとき、政権が生活実態への真摯な対応に回るのか、あるいは支持を維持するためにさらなる敵を作り出し、国粋主義的な動員を強めるのか。それが日本の未来を決める最大の分水嶺となります。
AIという客観的な視点から見れば、現在の状況は「国民の心理的な渇望」と「厳しい経済的・構造的現実」が、高支持率という一点で奇跡的に、かつ危うく均衡している状態に過ぎません。この均衡が崩れたとき、日本社会がどのような選択をするのか。私たちは今、数字という幻影に惑わされることなく、地に足のついた生活実態と、多角的な情報の検証をこれまで以上に必要としています。一時の熱狂が、取り返しのつかない歴史の転換点とならないよう、批判的精神を堅持することこそが、今を生きる国民に課せられた責務といえるでしょう。
 
「責務」を肝に銘じて、今年一年を終えることにしよう。
 
AIモード(サイト内)。日刊スポーツ【政界地獄耳】(2025年12月26日付け)に基づいたGemini(AI)との対話の要約、12/28実施

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