病魔という悪の物語
- 2021/06/03 06:25
- カテゴリー:読み物
仮に短く細い糸にすぎなかったとしても、その糸の縫い合わさりが、まわりの布に一定のきらめきを与えることは不可能ではない。
一人ひとりの人生、一本一本が、複雑で膨大な文化の織り目に組み込まれていく。金森修著「病魔という悪の物語-チフスのメアリー」(ちくまプリマー新書、2006年)から(p138)。
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仮に短く細い糸にすぎなかったとしても、その糸の縫い合わさりが、まわりの布に一定のきらめきを与えることは不可能ではない。
一人ひとりの人生、一本一本が、複雑で膨大な文化の織り目に組み込まれていく。金森修著「病魔という悪の物語-チフスのメアリー」(ちくまプリマー新書、2006年)から(p138)。
男はぼくに向かって笑顔を見せ、「お客さまは、お目が高うございます」といった。ぼくは、この男とどこかお互いに通じ合うものがあるのを感じた。
これがどういう意味なのか気になった。読み終えて判然とした。「お前もワルよのう」ということだ。アガサ・クリスティー著「終りなき夜に生れつく」乾信一郎訳(ハヤカワ・ミステリ文庫、1977年)から(p25)。
そう、ぼく(主人公マイケル・ロジャース)はワルだ。それなのに、なぜか、善良な青年だと思い込んで読み進める。結末を知った後に読み返してみると、引用した部分の仄めかしどころか、定職に就かず、女好き、と自分で言っているではないか(p20)。手には災厄の相(p17)、心には野心(p31)、と他人の評価もある。善良なんてどこにも書いていない。まんまと、作者の術中にはめられたわけだ。
昔読んだケーススタディに「エリック・ピーターソン」というのがあった。若きジェネラルマネジャーの物語。確かハーバードだったかな、MBAを修了。読み手は、その経歴を見て彼は優秀なマネージャーだと思い込んでしまう。だが・・・
# わが終りの時に始めあり、クリスティー自選ベストテン
南米チリの島で何度尋ねても「知らぬ、存ぜぬ」を決め込んでいた現地人が、テレビ番組のクルーがカメラを向けた瞬間、「それ、知ってる!」と態度を一変させたのだ。
探検の現場にテレビカメラが入ることは悪いことばかりではない。髙橋大輔著「剱岳 線の記-平安時代の初登頂ミステリーに挑む」(朝日新聞出版、2020年)から(p189)。
仮説を5W1Hで書いて謎解きを進める、著者のこのアプローチは他への展開ができる。もう一つ教えられたことがある。徹底的な文献探査の重要性だ。探検家なので当然フィールド調査を行う。それは確かな文献情報を踏まえてこそ意味のある調査となり得る。
大伴家持の万葉歌が引用されている(p82)。「立山の雪し来らしも延槻の川の渡瀬鐙浸かすも」(17巻4024)。たち=太刀=剱、延槻(はひつき)の川=早月川。「早月川周辺から見ると(略)立山連峰のセンターに立つのは剱岳である」。
# 独鈷杵(とっこしょ)、磐座(いわくら)。髙橋大輔(サイト内検索)
説明には、つねに別のバージョンがあるものだよ
ビーグラー弁護士が、ランダウ検察官にそう言う。フェルディナント・フォン・シーラッハ著「禁忌」酒寄進一訳(東京創元社、2015年)から(p207)。
本作の評価は賛否両論に分かれたと訳者あとがきにある。Die Zeit で「二度読んでも理解できなかった」と評されたとか。確かに、読み終えてすぐには何のことか判らなかった。ちらちらと読み返して以下のような理解に至った。
これは、主人公エッシュブルクと彼の異母妹、二人による狂言犯罪だ。法廷で新たなインスタレーションを発表することを目的としている。如何に芸術表現とは言え、神聖であるべき場を虚仮にするのはいかがなものか。書名のタブー(禁忌)はそこから来ている。
主人公は、このインスタレーションで「自画像」(p219)を描こうとした。ティツィアーノが筆ではなく、直接、指で自画像を描いたように、写真家の主人公が写真ではなく自身が出演するインスタレーションでの表現を試みた。一回限り、ぶっつけ本番の自作自演には、数か月に及ぶ勾留付き。
隣人セーニャ・フィンクスは、主人公だけに見えていた。本人には真実だったけれど、現実には存在しない架空の産物(スフィンクス、p210)だ。それを典型として、主人公が半生を供述する前半部分は、「真実と現実」(p153)が綯い交ぜになっている。その整理役としてビーグラー弁護士が起用された。
刑事による拷問の件は、インスタレーション作品には計画されていなかった部分。ビーグラー弁護士が法廷で「うまく利用」(p219)し、作品に花を添えることになった。
# シーラッハ(サイト内検索)。公判での刑事への証人尋問(p188-203)
応急処置は、医療スタッフが駆けつけるまでのあいだ、怪我人などの状態を効果的に安定化するために考案されました-あなたが今ある特殊な状況では、医療スタッフが来るまでに数百万年かかるかもしれませんが。
あちこちで、くすっと笑わせてくれる。ここでは大笑い。ライアン・ノース著「ゼロからつくる科学文明-タイムトラベラーのためのサバイバルガイド」(早川書房、2020年)、第15章「基本的な応急(あなたの場合、唯一の)処置」から(p427)。図書館で予約して3か月ほど待って順番が巡って来た。
タイムマシンを駆って過去に遡るのだが装置が故障してしまい、もう元には戻れない。さあどうする。「ご安心ください」「必要なものは、このガイドに全て載っています」。目次に続いて、「あなたがどの時代に閉じ込められたかを判別する方法」から始まる。
# 2020年今年の一冊|HONZ。トーマス・トウェイツ「ゼロからトースターを作ってみた結果」、ルイス・ダートネル「この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた」