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カテゴリー「読み物」の検索結果は以下のとおりです。

世界「新」経済戦争

  • 2022/04/25 06:30
  • カテゴリー:読み物

(1980年代、日本車の実力やCPの高さは誰の目にも明らかになっていたが)それでもドイツ人は、その後も長い間、日本車の実力を認めることはなかった。おそらく今でも認めていないのではないだろうか。

川口マーン惠美著、世界「新」経済戦争(KADOKAWA、2020年)から(p68)。副題は、なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか。

ドイツに駐在している頃に感じた。ドイツ人はこと自動車に関しては過剰なほどのプライドを持っている。ドイツが自動車発祥の国だからなのだろう、著者が言うように「ほとんど選民的意識」(p9)なのだ。こちらが日本人と判るや、何かと自動車の話題を振って来る。デリケートな領域に足を突っ込まないように、気のない返事をするようにしていたものだ。

最早ドイツだ日本だと言っている場合じゃない。世界市場は、テスラや中国勢に席巻されてしまいそうだ。既存の自動車メーカーや、それを主たる産業として来た国は、さあて、どんな手を打とうとしているのだろうか。

そういえば、今年のサッカーW杯、日本とドイツは同じE組になった。こちらも自動車ビジネスのように熱戦が繰り広げられるだろうか。

英、EU離脱1年住んでみたヨーロッパ~(サイト内)。EV世界販売460万台、HV超え ホンダは5兆円投資(nikkei.com、4/12 18:00)

Re: 見残しの塔

  • 2022/04/23 06:13
  • カテゴリー:読み物

世の中には、自分と生き写しの人間が一人はいると聞いていたが、まことに他人と間違われると、あまりうれしくないということが分かりました

久木綾子著「見残しの塔-周防国五重塔縁起」(新宿書房、2008年)から(p283)。

「生霊」の松久三十郎はどんな反応を示したんだったか、旅先で「あなた、死んだ兄とそっくりなんです。奇妙でしようがない」と言われて。まんざら悪い気もせず「ひとつ身代りを勤めて」となるのだった。

見残しの塔生霊(サイト内)。久生十蘭「生霊」|青空文庫

見残しの塔

  • 2022/04/22 06:34
  • カテゴリー:読み物

師匠は、古い書物と同じだ。大工の家には、技を伝える書きものは何もない。息子や弟子に口移しで伝わるだけだ。常に話し合わねばならん。遠慮せず師匠にものを言わねばならぬ。新しい言葉で、古い書物を変えていかねばならぬ。

久木綾子著「見残しの塔-周防国五重塔縁起」(新宿書房、2008年)から(p152)。宮大工の物語とは知らずに読んだ。香積寺の五重塔を建てる。その寺は、今、瑠璃光寺になっている。

何年か前にこの塔を訪ねた。羽田-宇部、往復JAL便で。「三日間晴れ。1) 錦帯橋、安芸の宮島、広島お好み村、宇品泊。2) 平和記念公園、津和野、萩城下、反射炉、萩泊。3) 松下村塾、津和野、西周旧宅、瑠璃光寺五重塔。往きの便で、副総理の姿を見かけた」(「中国地方旅行、17年5月」2017/05/27 07:24)

Wikipediaによると、国宝の五重塔は11ある。瑠璃光寺を訪ね、「見残し」は、海住山寺と明王院、2つとなった。重文は14。こちらは佐渡の妙宣寺など5つ残している。これから先いくつ訪ねることができるだろうか。

文庫100冊(サイト内)。五重塔|Wikipedia

なぜ日本に米軍基地が

  • 2022/04/20 06:31
  • カテゴリー:読み物

占領が終わっても、日本があの憲法を使いつづけるとは思わなかった。日本が独立を回復したら必ず憲法を改正して、自分たちの軍隊をもつようになるだろうと思っていた

日本国憲法を起草したGHQのメンバー、ケーディス大佐の発言。松本健一著「なぜ日本にアメリカ軍の基地があるのか」(牧野出版、2010年)から(p52)。

国際法を一方的に破ってアジア太平洋戦争を仕掛けた日本。敗戦の後、連合国から新しい憲法が押し付けられる。それには、懲罰的に「戦争の放棄」条項が書き込まれていた。であれば、占領状態が終わり、罰則が解けたらすぐにでも、独立国に相応しい憲法に改めたはず。ところがそうしなかった。そればかりか日米安全保障条約を締結し、国を守るのは自分たちではなく米国に任せる道を選んだ。

「自衛軍をもって、五兆、六兆円を支出する」のに比べれば、「一兆円程度の金額で」米軍に基地を貸しておくだけで、日本の防衛はアメリカがやってくれる(p164)。自分で守るという自尊心を放棄して従属国と蔑まれても損得勘定で決めてしまったのだ。

昨年12月、東京新聞が「週のはじめに考える 沖縄は植民地ですか?」と題する社説を掲載した(東2021/12/19)。タイトルの沖縄を日本に置き換えて問うべきかもしれない。

日本の失敗(サイト内)

日本の失敗

  • 2022/04/19 06:24
  • カテゴリー:読み物

再確認のためにいっておけば、戦後憲法における「戦争の放棄」という条項は、一九二八年の「不戦条約」における「国家ノ政策ノ手段トシテノ戦争ヲ抛棄スル」条項を、日本が一九三一年の満州事変以来、一方的に破ったこと。その結果として、連合国から一国の憲法に懲罰的に「戦争の放棄」条項が書きこまれたのである。

罰則で十字架を背負わされたと理解すべきだろうか。松本健一著「日本の失敗」(岩波現代文庫、2006年)から(p164)。本書副題は、「第二の開国」と「大東亜戦争」。もっと早くに読んでおくんだった。1998年刊。

欧米諸国は、第一次世界大戦でのあまりに酷い戦禍を目の当たりにし、互いに戦争を制限し防止することを約した。結果、通称「不戦条約」と呼ばれるパリ条約(1928年)や、支那ニ関スル九ヵ国条約(1922年)などが樹立された(p156)。日本は、それら国際的な取り決めに参加していながら、それを踏み躙ったのだ。

日本は「日清・日露では開戦の詔勅において、国際法を守って戦う、と宣言」(p294)。それなのに、なぜ、後の戦いでは遵法の観念が失われてしまったのか。

欧米で「その観念が急速に強まる」のとは対照的に、ヨーロッパ戦線の惨状を見ていない日本は「時代と情勢によってときどきに変化する」国際法に敏感ではなかった。どうやら依然「帝国主義の覇権競争のまっさかり」と思い込んでいたようだ。袁世凱政権に対して対支二十一か条要求(1915年)を突き付け、中国での権益の延長、拡大を企てる。

本書は、人材の欠如を指摘している。昭和の軍人たちは、「国家指導者としての意識と責任感が希薄で」「ましてや、国際的なルールのうえで戦争をおこなう、という発想が」欠落していた(p302)。明治の頃は、「伊藤博文や山縣有朋などの元老が」国際法を意識し、かつ軍部をコントロールできていたのだが(p174)。

検証戦争責任象徴の設計明治維新とは何だったのか(いずれもサイト内)。国際連盟規約(1920年)、北一輝(p30)、譚人鳳(p41)、小澤開作(p120、三男・征爾)、斎藤隆夫(p209)、西田幾多郎(p240)。世界新秩序の原理|青空文庫

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