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カテゴリー「読み物」の検索結果は以下のとおりです。

論点別 昭和史

  • 2025/10/13 06:41
  • カテゴリー:読み物

権力による一方的な被害者ではない。そうかといって権力に追従する加害者でもない。

メディアは、今も昔も、双方向性を持つ。受け手が何を知りたいか、メディアはそれに応えて報道する。

井上寿一著「論点別 昭和史」(講談社現代新書、2019年)、第Ⅲ章「メディア-新聞・ラジオに戦争責任はなかったのか?」から(p73)。

第X章(p226)にこういう指摘がある。「アジア地域に『指導国』原理を持ち込むと、国際秩序は崩壊する」。日本の敗戦にはそういう意味があった。もし、これから、戦時中の日本のように「中国が『指導国』になろうとすると、国際秩序は不安定化する」と。

戦後80年のこの夏、新書本をいくつか読んだ。なぜ日本は戦争への道を歩んだのか、戦争責任はどこに(誰に)あるのか、を改めて考えようと思って選んだ。それも、この「論点別 昭和史」で一旦終わり。

石破首相所感、戦後80年避けられた戦争戦争調査会戦時下の宰相たち(いずれもサイト内)

石の骨

  • 2025/10/10 05:53
  • カテゴリー:読み物

真相というものはいつかは知れてくるものだ。その噂も風のように己(おれ)の耳にきこえてきた。

学会の権威が、「田舎の中学校の教師など」に、考古学上の大問題を「簡単に分って堪るものか」、「そんな標本なんかいい加減なものだよ」、と言い放ったのだ。

松本清張著「断碑・装飾評伝」(講談社、1972年)に所収の「石の骨」から(p178)。最寄り図書館で借りた。

主人公、田舎教師の黒津は、考古学者の直良信夫がモデル。その人が旧石器時代の化石腰骨を見付けた場所は、小説の中では、明石ではなく波津という漁村になっている。

市井の学徒による発見を、T大(東大のことだろう)の教授は、否定し無視する、また別の教授はそれを横取りしようとする。事実は、小説より奇なり。現実世界では、こんなことはごく日常茶飯事で、もっと酷いことも起こっている、と思っておくべきか。

直良信夫|Wikipedia、「幻の骨~日本人のルーツを探る」(NHK総合、8/10 16:30-)

避けられた戦争

  • 2025/10/08 06:30
  • カテゴリー:読み物

日本にとって、山東利権とともに、重視したのが1923(大正12)年で切れることになっていた旅順・大連を含む関東州の租借権をどう延長させるかという問題であった。そのため、日本は、西洋列強の関心がヨーロッパに集中していた第1次世界大戦中の1915年1月に「21カ条要求」を中華民国の袁世凱政府に突き付けた。

この「21カ条要求」が、門戸解放の方針を取っていた米国の不興をかう。米国が、極東の日本を鬱陶しい存在と認識する。引用は、油井大三郎著「避けられた戦争~一九二〇年代・日本の選択」(ちくま新書、2020年)から(p36)。

関東州の租借権は、元々ロシアが、中国から獲得したものだった。1898年から25年間という期限付き。それを日露戦争後に日本がそのまま引き継いでいた。

日露戦争(1904-05年)には勝ったものの、得るものが少なかったと民衆の多くは不満を募らせ、日比谷焼打事件などの騒ぎにも発展した。ロシアから関東州を、ドイツからは山東半島や南洋の島々を、各々引き継ぐ。それら領土拡大を「21カ条要求」で、より確たるものとする。それは、日本の国民皆が望んだことだった。

著者は、エピローグで、戦後70年の安倍談話(2015年)に触れている。日本はなぜ戦争への道を歩んだのか。安倍談話は、どこか「他人のせい」にしていて、主体的な反省が抜け落ちている。「それでは日本の戦争によって多大な被害を受けた近隣諸国民から共感を得られないだけでなく、日本国民の反省にもつながらない」(p300)と。

反省が足りないと、我々国民は、また、好戦的なリーダーを選び兼ねない。

「国策の誤り」戦時下の宰相たち戦争調査会戦争が終結しない理由「彼ら」に映る「私たち」(いずれもサイト内)

舟を編む

  • 2025/10/07 06:42
  • カテゴリー:読み物

我々は、辞書にすべてを捧げねばなりません。時間も、お金も。生活するために必要な最小限を残し、あとはすべて辞書に傾注せねばならない。家族旅行。遊園地。言葉は知っていますが、わたしは実際を知らない。

松本先生が言う。引用は、三浦しおん著「舟を編む」(光文社、2011年)から(p47)。

家族をも顧みず、辞書づくりに全てを捧げた学者。そういう人生もあってもいい。私も研究所勤めの頃は、それこそ寝食を忘れて、日夜、実験に取り組んだものだ。松本先生の言葉はよく判る。

週末、この本を読んでいる頃に、自民党総裁選の結果が速報で流れて来た。選出された高市氏の就任挨拶を目にして驚いた。

「全員に働いていただきます。馬車馬のように働いていただきます。私自身もワークライフバランスという言葉を捨てます。働いて働いて働いて働いて働いて参ります」。

自民党の皆さんに向かって言っているのだろうけれど、報道されることが判っている場面でそんなこと口にするかね。一生懸命とか、身を粉にしてとか、全身全霊とか、そんな風に言えば良いものを、なぜ、わざわざデリケートな表現を使うのだろう。

この方、首相になって、失言とかで苦労することになるのだろうか。

舟を編む「多党時代考」(いずれもサイト内)。「ワークライフバランスという言葉を捨てます」…高市早苗氏、新総裁選出後のあいさつ全文(10/4)、高市新総裁の「ワークライフバランス捨てる」決意発言を一部メディアが批判「法律を軽視」(10/5)

戦争調査会

  • 2025/10/04 06:58
  • カテゴリー:読み物

明治維新にまでさかのぼるのは長すぎる。幣原にとって満州事変の勃発が敗戦の原因ではなかった。行き過ぎた「平和とデモクラシー」をもたらした第一次世界大戦にのちの戦争の起源を見出した。

先の大戦後、戦争調査会を立ち上げた幣原喜重郎首相はそう考えていた。井上寿一著「戦争調査会-幻の政府文書を読み解く」(講談社現代新書、2017年)から(p135)。

同書の帯に、「日本人自らの手で開戦、敗戦の原因を明らかにしようとしたものの、GHQによって1年弱で廃止された未完のプロジェクト」とある。

二部構成になっている。第二部「なぜ道を誤ったのか?」の第V章「戦争の起源」を興味深く読んだ。あの戦争は、軍部の暴走が原因だった、とも言われる。そこに至るまでに軍がどのようにエネルギーを蓄積して行ったのかが判るような気がした。

第一次大戦(1914-18年)後、世界は軍縮に取り組み、日本もそれを受け入れる。軍や軍人は、白い目で見られ社会における立場を失い、不平、不満を募らせていく。

そんな折、国家社会主義者の北一輝が「国家改造案原理大綱」を発表する(1919年)。不満分子、特に青年将校たちは、その著作に大いに傾倒し、武力行使へと走る。五・一五事件など反乱事件を巻き起こし、結果的に、軍部の発言力を強める。

また、軍縮の受容は、内閣が天皇の編成大権を侵犯したものであると非難される。いわゆる統帥権干犯の問題。これが内閣への軍の介入を許していく入口となる。

「シミュレーション」「開戦への道」日本の失敗(いずれもサイト内)。第2部会の部会長「飯村穣(元憲兵司令官、陸軍中将)」(p23)、「統帥権干犯とは北一輝の造語といわれる」(p149)、「南部仏印進駐は対英米蘭戦争への分岐点だった」(p196)

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